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06-14


どれほど歩いたのか、見慣れない回廊をひたすら歩き続ける先輩は、外界が見える渡り廊下を渡り始めた。

夜風が吹き抜ける渡り廊下の向こうに見えるのは、池? いや水辺? 末端ではテラスのような場所が俺達を待ち構えていた。

そこのほとりで、俺と先輩は腰を下ろす。

縁に座っているから、俺の足元ちょい先には張られた水面が顔を出している。

そしてそれは夜風に吹かれて小さく波立っていた。
 
外灯があるから、視界はそんなに悪くない。
 
テラスの周りに植えられている花々から隅から隅まで結構見えていたりする。

向こうに花達は静かに眠っているように思えた。

寝息を立てているであろう花達を恍惚に眺めて、「綺麗な場所ですね」俺は相手に話し掛ける。

返事はそんなに期待してなかったけど、「お気に入りの場所なんだ」ようやく先輩は重い口を開いてくれた。

 
「何か嫌な事があったら、水辺のテラスに来て気持ちを落ち着けるようにしている。水を見ていると落ち着くんだ。此処でうたた寝なんかもよくする」

「風邪ひくっすよ。そんなことしたら」

「そのことではばあやによく叱られる」

 
やっと微苦笑を零すまでになったらしい。

先輩は困ったように笑った。

んでもってさっきの詫びを、ここでもう一度告げてくる。

俺はその詫びを受け取らず、ちょい彼女の心に踏み込んで、「先輩は」寂しかっただけっすよね、と話題を切り出した。
 

「俺には兄弟とかそういうの、いないっすからよく分かんないっすけど、でも何かと家族同士で評価とか、期待とかで格付けされたら寂しいと思います。そしてご両親に思いが伝わらないってのはもっと寂しいもんだと思うっす。さっきから思ってましたけど、先輩、ご家族と一緒にいる時は凄く寂しそうっす」


それを見ていた俺も寂しい気持ちになったっす。

苦笑いを零して彼女の瞳を見つめる。

こっちをジッと見つめ返してくる先輩は、ちょい困惑した目で「なんで分かるんだろうな」参ったと潔く白旗を挙げた。先輩は教えてくれた。

期待に応えられない自分も嫌だったけれど、それ以上に家族同士で期待のランク付けをされるのが嫌だったんだと。


昔はそんなこともなく、家族で和気藹々と談笑していたのに、いつからその時間さえ期待のランク付け会合になってしまったのか。

上下を決めてしまえば、必ず疎外感を抱く者がいる。自分がそうだ。


期待に応えられない自分は両親にとって不要物なのではないかと疑念を抱くことも多々。

一体今、自分はなんのために習い事こなしているのか。此処にいるのか。竹之内家三女として居座っているのか。

分からなくなってしまう事があるという。

ポツポツ吐露する彼女は、「令嬢なんてやめてしまいたい」そっと弱音を漏らした。


「財閥でなければ、もう少し居心地の良い家庭だっただろうに。それに財閥のため、令嬢として習い事ばかり。時間に追われてばかりだ。正直に言うと性格上、あたしの肌には合わない生活だ。本当の意味で家族や自分の時間が欲しいよ。と、こうして環境に卑屈になってしまっても仕方が無いのにな。空とは大違いだ」

「そんなことないっすよ。情けない俺をさっき見せたでしょう? 結構卑屈になってますよ。親の前じゃ絶対出さないだけで、取り巻く環境や周囲のことで卑屈になったり、内心で金があればぁああ! とか思ったりすることも多々っす。先輩と同じっすよ」


「そうか」「そうっす」顔を見合わせて、笑声を漏らした。

生きる環境が違っても、案外悩みって共通してたりするもんなんだ。

貧乏学生の俺も、金持ち令嬢の先輩も、家庭環境で一喜一憂している。

勿論、卑屈だけじゃなくて、この環境で良かったって思えることも沢山ある。
先輩もきっと一緒だ。


ただ大人になるにつれて世界の視野が広がり、伴って感情も複雑化していく。

だから卑屈になることも多々。子供の頃よりも多くなる。それだけなんだ。
 



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あきゅろす。
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