06-05 「愚問っすよ、それ。夏の大三角形はこと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブの三つから成り立っていますっす」 ちなみにベガとアルタイルは七夕伝説の織姫、彦星っすね。 でも七月の日本じゃ夏の大三角形はよく見えないっす。 日本は温暖湿潤気候に当たってますからね、梅雨の影響もあって雨の日も多いっすし。 かの有名な七月七日に見えるであろう織姫さんと彦星さんも、雨天、曇天のせいで見えないことが多々。 恒例となってるかもしれません。 月遅れに当たる旧七夕、つまり八月上旬の方がよく見えるんっすよね。 天の川も八月の方がよく見える筈っす。 「これは余談になるんっすけど、天の川って一年中見ることができるんっす。 でも夏の天の川は日本では見え易いのに対し、冬の天の川はよく見えないんっす。理由は夏の天の川は発光が強く、冬の天の川は発光が淡い。日本の地上はネオンだらけっすからね。人工の光が勝ってよく見えないんっす。ちょっと寂しいっすね。人間の作っちまった光が勝って、本来見えるべき星明りが見えないなんて」 静聴していた先輩は相槌を打って、「本当にな」弱く笑った。 「そういった意味では人間は愚者だ。自然と上手く調和できず齟齬(そご)をきたす。それだけではない。地位を手に入れた人間は、酷く貪欲なり、本来見るべき姿を忘却してしまう。地位の固持するなんて疲労を覚えるだろうに」 あたしも疲れを覚えるよ。 ぼやく先輩だったけど、ふっと我に返って「空は本当に星に詳しいんだな」柔和に綻んだ。 まるで自分の胸の内を触れて欲しくないように、明るく話題を切り替える先輩に便乗して俺は得意気な顔を作った。 理科系は苦手でも星は得意なんだ、と。 だけど内心は引っ掛かっていた。先輩の異様な切り替えに。 ―…仮説。 大雅先輩の言う先輩の孤独とやらに、俺は触れているのかもしれない。 弱さと脆さに触れているのかもしれない。勘でしかないけれど。 「そうだ先輩、冬になったら一緒に天の川を見ません? 都会じゃ見えなくても田舎なら見えますよ、冬の天の川。俺、一度冬の天の川を見てみたくって。夏の天の川はたっぷり見ましたし」 提案に彼女は目を削いだ。 「空。それは冬になってもあたしの傍―…」 微かに聞こえた台詞は当人の手によって揉み消された。 満面の笑顔になって約束だぞ、やや声音を張って俺の鼻先を指で弾く。鼻先を擦る俺に絶対だからな、先輩は念を押してきた。 「あたしを誘ったんだ。責任を持って約束を果たせ。この冬はあたしと共に天の川観測だ。んー、折角なら泊まりで行きたいな。山地に赴き温泉に入るのも良い。天の川を見た後、風呂に入るんだ。素敵ではないか?」 「そうっすね。あ、そしたら本格的にバイトを探さないと旅費が」 「安心しろ。あたしの家は幾つも別荘を持っているから」 旅費の心配は要らない、だから約束は守れよ。 先輩の念の押しように苦笑しながら、俺は頷いた。「約束っす」絶対一緒に天の川を見るっす、先輩も守って下さいよ。 俺の返答に満足気、ホックホク顔で先輩は俺の腕を引いて、「さあメシだ!」大股で歩みを再開する。 ご機嫌に回廊を歩く背の小さな彼女を見下ろして、俺は目を細めた。 (先輩…、もしかして今の関係に不安だったりするのかな。押せ押せ攻め攻めだけど、俺がはっきり好意を示さないから、だから―…) いやそれだけじゃない。 先輩は明らかにおセンチになっていた。俺のことというよりも、自分の取り巻く環境に憂いを抱いてるような、そんな、果敢ない姿を垣間見せていた気がする。 大雅先輩は言っていた。 『鈴理が執拗にお前に触れたがるのは、お前がそんだけ好きってことだ。触れて触れてふれて、もっとお前を知りたいんだろうぜ?』 ―――…先輩は俺じゃないと駄目だと言っていた。惚れ込んでくれている。 『お前に触れて触れてふれて、その孤独を拭おうとしてるのかもしれない。よく言うだろ? 人間は独りになると、愛情を求めちまうって。大好きなお前にガオーッすることで、孤独を霧散しようとしてるのかもしれない。同時にお前の心が欲しいんだろうな』 ―――…彼女は体に触れたいと物申している。触れることで心も欲してくれる彼女と同じように、俺も触れたい気がした。 『片隅で孤独を拭おうとしてる。少なくとも俺にはそう思える』 ―――…体じゃなく、心そのものに。 「温泉は当然混浴だぞ」お互い浴衣で、あらやだぁな展開…、んー帯で縛りプレイもいいよな。 ケッタイな計画を立てていく先輩に愛想笑いを零しながら、俺は彼女をただひたすら想う。 先輩に落ちかけている、俺の、初めての欲情な気がした。 先輩にとっては大変遺憾な事に肉欲じゃない、精神的な我が儘を抱いたんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |