003
フォルックはアルスの服の裾で涙と鼻水を拭くと、今日は喧嘩しないでねと釘を刺してくる。
それはデキない約束だと、アルスはハンカチでフォルックの涙と鼻水の付いた服を拭きながら思った。
ベルトルが喧嘩吹っ掛けてくるならば、また喧嘩するだろう。兎にも角にも、ベルトルには負けたくないという気持ちを抱いているのだ。そしてそれは、親友であるフォルックだって同じことだった。2人に遅れをとっているアルスにとって、この上なく悔しい状況だった。
けれど昨日、気持ちを改めて引き締めようと決めたのだ。
「なあ。フォルック。お前って【マナ】をナーガに送る時、どんな風に送ってる?」
「え? ウーン……どんな風って」
「ただ呪文を唱えてるだけか?」
「普通の魔法を使う時とは、ちょっと違うよ。なんか、こう、相手に送る! って感じ」
結局、どんな感じだ?
相手に力を注ぎ込むって感じなのだろうか?
曖昧な説明にアルスが首を傾げる。
フォルックが説明のしようがないと困っている。
感覚で【マナ】を使っている為、口で説明のしようもないと言う。ということは自力で感覚を掴んでモノにしろということか。アルスは小さく溜息をついた。
「まずは【マナ】を使いこなさないとなぁ。ドラゴン使いの基礎中の基礎、俺、使えてないし」
「焦らなくてもイイんじゃないかな?」
「いーや。一刻も早く【マナ】を使いこなしたいぜ。ベルトルもフォルックも【マナ】を使えるし。それに、ドラゴン使いが【マナ】でいつまでも躓いてたら不味いだろ?」
「それはそうだけど、でもアルス。そこまで意気込まなくてもイイんじゃないかな」
フォルックの言葉に、アルスがキョトンとした顔を作る。
正直、フォルックは立派なドラゴン使いになれなくても良いと思っている。
そこそこドラゴン使いに、嫌だけれどなれたらそれで良いと思っているのだ。だってドラゴン使いは、自分が望んだ職業ではないのだから。アルスは何度か瞬きした後、フォルックから視線を外し前を見据える。
「俺、本気でドラゴン使いになる」
「アルス?」
「まだ【マナ】は使えないけど、俺は誰にも負けねぇつもりだし」
意気込みではない。これは決意だ。
昨日、腐っていた自分に喝を入れてくれたパートナードラゴンのおかげで、改めて気持ちを引き締めることができた。驚いた表情を浮かべているフォルックにアルスはニィーッと笑った。
「だから、俺、ベルトルは勿論、フォルック。お前にだって負けねぇ。直ぐに追いついてみせるぜ」
「……え?」
親友だけど、ライバル視だってしている。
「お前にも絶対負けない」アルスは冗談っぽく笑い、頭の後ろで手を組んだ。フォルックはアルスを凝視して固まるしかなかった。自然と足が止まってしまう。
アルスは、本気でドラゴン使いになるつもりなのだろうか。
だってクジ引きで決めたじゃないか。
なのに、本気でドラゴン使いに? アルスは本気で目指すつもりなのだろうか? ただ単に負けず嫌いだから、そんなことを言ってるんじゃなくて本気で?
唖然としたまま、フォルクッは前を歩くアルスの背を見つめる。
後ろで一つに結っている夕陽色の髪が歩く度に小さく揺れている。ふと結っている髪が勢いよく靡き、アルスが首だけ回しフォルックを見てきた。
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