013
木箱の山や商品棚をすり抜け、テントを巻くった三人は外界へと飛び出し、来た道を戻る。
あとは裏口から出るだけのことだったのだが、思いのほかアルスは体力を消耗したようで、誰よりも走る速度ペースが遅い。前を走っていたフォルックとベルトルが空き地を飛び出しても、まだ彼は空き地を走っていた。
眩暈がすると誰にも聞こえない声で呟くが、ラージャにはしっかりと届いていた。
寄り添うようにアルスの傍を飛行し、敵がいないかどうかパートナーの分まで警戒する。「お前は先に行けよ」アルスはぶれる視界を晴らそうと、かぶりを振りながらラージャに言う。
「大通りまで出たら…、もう安全だろうから。行け」
『やだね。俺ちゃまはパートナーを見捨てるほど、落ちぶれちゃないんだ。お前がそんな状態なのに、誰が置いて行けるか』
それとも置いて行く奴だと思っていたのか?
だったら心外だとラージャは不機嫌に鼻を鳴らす。アルスは力なく笑った。お前は頼りになる相棒だよ、ほんと。
刹那、アルスはその場で転倒する。太腿に鋭利ある風が吹いてきたのである。「ツっ…」右の太腿に痛みが走り、ゆっくりとそこを押さえてみる。べっちょりとした感触に苦笑い。風はかまいたちだったようだ。手の平を返せば、生温かい液体が付着している。
『アルス!』肩に留まってくるラージャに、「逃げられそうにない」足をやられたとアルスは手の平を見せた。
「ラージャ。送れるかどうか分かんねぇけど一か八か【マカ】を使う。構えてくれ」
『俺ちゃま、【マカ】がなくてもお前を守ってやらぁ!」
とんでも発言に苦々しく笑い、アルスは【マナ】を送るためのスペルを唱え始める。
途中、灼熱と冷風、そして爆音が聞こえたため、アルスは唱える口を噤み、視線を上げる。
「アルス!」大丈夫? とフォルック、「見栄を張るからだ」辛いなら言えとベルトル、揃って手を差し伸べてくれる。一旦は空き地を飛び出したというのに、わざわざ戻って来てくれたようだ。
「お前等。馬鹿だろ」アルスは苦し紛れに笑い、差し出された両手を掴み、しっかりと握り締めた。
引き上げてくれる二人に礼を告げると、どうにか自分の足で立とうと踏ん張ってみる。しかし切り傷は思った以上に深い。右太腿に負った傷を通じて、右足すべての感覚が痛覚に変わったよう、動かすだけで皮膚が引き攣るような痛みを帯びる。
崩れそうなアルスの腕を掴んだのは、いつも喧嘩ばかりしているクラスメート。
「しっかり踏ん張れ」俺も余裕は無い、当たり前のように肩を貸してくれるベルトルにアルスは瞠目していたが、その肩に凭れ、「悪い」素直に詫びを口にする。
だが、ほのぼのとやり取りをしている場合でもない。
率先して、けれど怯えながら、涙ぐみながら、寧ろ半泣きになりながら、前に出るフォルックは「平和主義だけど」この際仕方が無い。自分が一番万全の体勢でいるのだから。【マナ】をパートナーに送り、向こうにいる魔法使いらしき商人に向かって【マカ】を放つ。
向こうは実践を積んでいるのか、フォルックとナーガの【マカ】に対し、風を起こして軌道を逸らす。しかも応援に来た商人が同じように風を呼び始めるため、実質、実力ある魔法使い二人を相手にすることになる。
それでもフォルックは率先して前に出ると、怯え切っているナーガに「しっかり!」叱咤して【マナ】を送った。恐いのは皆一緒、でも自分達がやらなければ誰がやるというのだ!
フォルックの言葉にナーガは何度も頷き、相棒の【マナ】を受け取っては商人に攻撃を仕掛けた。すべては仲間たちを守るために。
一方、アルスとベルトルも互いに負傷はしているものの、後ろで指を銜えているわけにはいかない。フォルック達だけでは荷が重過ぎる。
ベルトルは傍で懸命に羽ばたいているジランダに「いけるか?」意志を確認。ジランダは強く頷く。今度こそ上手くいく、だって今の自分は他の誰よりも主人を信じているのだから―!
強い意志にベルトルは口角をつり上げた。
「貴様は?」崩れそうな好敵手に問い掛けると、「あと一発くらいなら」失笑を零し、アルスは死に物狂いで搾り出すと意気込んだ。
気丈に振舞うアルスの気持ちを酌み、片手でしっかりと彼を支えると、【マナ】を唱えやすいように体勢を作ってやる。
そして唱える、各々のドラゴンに向かって【マナ】を送るためのスペルを。相手を倒すためではなく、相手から逃げるための【マカ】を放つために、全員で帰るために。
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