003
不意にスツールから腰を浮かすと、早足で怪我人に歩み寄り、膝を折って相手に問い掛ける。
「ジランダを助けに行くのか?」
だったら何だ、ベルトルは眉根を寄せる。お前には関係ない話だろ、冷然と吐き捨てる態度にも憤りを見せず、アルスは彼を真っ直ぐに見据え、その体でも助けに行く気持ちはあるのかと尋ねた。
一々癪に障る、「何が言いたい」ベルトルはやや荒々しく言葉を返す。
「白眼視しても構わないが、邪魔立てすることだけは許さない。ジランダは、俺のドラゴンだ。そこを退け!」
するとアルスはしょーがない奴だと微苦笑を零し、その高飛車な意志の確認をした後、膝を折っているベルトルの体を無理やり背に乗せた。「なっ?!」素っ頓狂な声を上げるベルトルに対し、俺が背負ってた方が早いとアルスは笑みを向けた。
ふざけるな、お前の手を借りなくても…、ベルトルは文句を垂れたが、途中で切った。手を借りなければ体が動かない、それは自分が一番理解しているから。
代わりに問う、これは同情か? と。
間髪容れず、アルスは柔和な言葉で返す。
「俺はお前のことなんてダイダイダイッキライだし、超ムカつくし、態度偉そうだし、だけど、お前いなくなっちゃ張り合う相手いなくなるじゃん。んなのツマンネーじゃんか。俺はお前やフォルックを目標にしてるってのに。たった三人のクラスメートだしな、二人ってのも侘しいだろ?
―…それに、俺がお前なら、同じことしてる。手前の手で助けないと意味がないって、さ」
そう思ってるんだろ?
振り返り、したり顔で笑うアルスにベルトルは苦虫を噛み潰したような顔を作る。ご尤もだった。
「誰も白眼視なんてしねぇよ。俺だってお前と同じドラゴン使いの卵、気持ちは分かるって。今日のところは休戦しよ−ぜ。ジランダが心配だ、こんなところでグズグズしているわけにも行かないし」
「あ、これは貸し一つだぞ」いつか返せよ、アルスの笑声に舌を鳴らしつつ、ベルトルは大人しく背負われる道を選んだ。
「礼は言わんからな」けど、いつか貸しは返してやる。苦々しい横着ぶった態度を受け流し、アルスはそういうことだから、とフォルックに視線を投げる。「ええっ?!」涙目になるフォルックは、ニコニコニッコリと微笑んでくる親友の視線の意に気付きたくなかった。気付かない振りをしようとした。
けれど、此処に残っても説教地獄(なんで止めなかったのかと担任に咎められるに違いない)、一緒に行っても説教地獄(なんで無茶をしたのかと担任に怒鳴られるだろう!)。
どちらにしろ地獄ならば…、結局負けてしまう自分がいた。
ガックシ項垂れ、分かったとばかりに両手を上げて降参ポーズ。助かるとばかりにアルスははにかみ、次いでドラゴン達に目を向けた。
「お前達は此処にいろよ。一緒に来たら『しょーがねぇな。俺ちゃま、相棒に似て無鉄砲になったっぽい。行こうぜ。俺ちゃまもナーガも食らいついて行く覚悟だ』
置いて行くなんてナシだろ。俺ちゃまがいないと、まともに大人と渡り合えないくせに。
ラージャはちろっと赤い舌を出し、誰よりも早く窓から外界に飛び出した。呆気に取られたアルスだが、相棒の心遣いに感謝した。ベルトルを背負いなおし、「行くぞ」怪我人に声を掛ける。「ああ」時間が無い、担任が戻って来たら厄介だと意見。
同意見だと頷き、アルスは窓枠に足を掛け、勢いよく外へと飛び出した。
「………。はぁー、恐いけど泣きたいけど叫びたいけど、此処で逃げたらKYだよな。僕」
『………。ラージャにご指名されたぎゃー…、こっちは行くとも何も言ってないのに』
ガックシと項垂れる泣き虫と臆病ペアだが、視線を勝ち合わせ、ぎこちなく微笑を浮かべた。
「い、一緒なら…」
『どーにかなるぎゃー…、多分』
乾いた笑声を漏らし、フォルックとナーガはアルス達の後に続いて窓から外へと飛び出した。確かに怖じはあるけれど、クラスメートを心配する念だって同じ位持っている。アルス達だけじゃないのだ。
それは本当の気持ち、嘘偽りのない真摯な気持ち。
「〜〜〜ッ、あの子達は! いつから三人はそんなにも仲良くなったかなぁ?!」
保健室から戻って来たギュナッシュが頭を抱え、悲鳴を上げたくなったのはそれから15分後。保険医に謝り倒されたのも同時刻。
「いえ、あの子達のことですから」きっとジランダを助けに行ったに違いない、ギュナッシュは急いで踵返して保健室から出て行った。表情は険しいが、どこか仕方が無さそうに笑声を漏らしてしまう。
「何処かでこうなるとは予想はしていたんだよ。あの子達は、ほんと…、無鉄砲で元気のいい子達だ」
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