002
途端にギュナッシュは手厳しい口調になった。
「馬鹿を言うんじゃない。そんな体で何ができると思う? 君は子供なんだ、相手は大人、力の差があることを知りなさい」
「煩いっ、アンタに何が分かるっ! あいつを失うなら、俺は、この職を捨てるッ…。俺はまだあいつに、何もしてやれてない…、何も…、売られでもしたらっ…」
木板を叩き、静寂を裂くように声音を張るベルトルの剥き出しの感情に、アルスはスーッと目を細めて見守る。
無駄だと思った。
今のベルトルに何を言っても、例えば常識を説いたとしても、彼には通じないだろう。そして自分が彼の立場ならば、同じ態度を取るだろう。それだけベルトルにとってジランダは大切なパートナーになっているのだから。
「ベルトルくん」ギュナッシュは彼に何度も説得を試みたが、熱くなるだけの彼に時間の無駄だと理解したのか、強めに背中を叩く。それだけで悲鳴のような呻き声を上げるベルトルに、言わんこっちゃないとギュナッシュ。身悶えているベルトルの体を抱きかかえ、ゆっくりとベッドに戻した。
絶対に安静だとキツク言われ、ベルトルはガンを飛ばし、拒絶するように背を向けて布団を頭からかぶる。無様な姿を誰にも見せたくないのだろう。
そんなベルトルの様子に担任は申し訳無さそうに目を伏せて吐露。
「すまない…。僕の判断の甘さのせいで、君には、辛い思いをさせてしまった。大丈夫、必ずジランダは取り戻すから」
無論、担任のせいではないことは此処にいる誰もが承知している。それでもギュナッシュは詫びを口にした。
アルスとフォルックは自分達のパートナーが奪われた事態を想像し、ついつい膝に乗せているドラゴンの頭を撫でる。どうやらドラゴンも同じことを想像したらしい。撫でる手に擦りより、しきりに甘えを見せていた。
「ベルトルくん、どっちにしろその体じゃ動けないんだ。安静に寝ておくんだよ。
アルスくん、フォルックくん、彼を見張っておいて。僕はボング校長のところに言って帰宅許可を貰うから。事件のことも話さないと。いい? 絶対に此処を動かないように。君達もまた狙われる可能性があるんだ、勝手な事はしないように」
「はい」二人は揃って返答。
それに安堵の表情を見せるギュナッシュは仕切り代わりのカーテンを閉めると、保険医に生徒達を頼み(微妙に信用されてないようだ)、保健室から出て行く。保健室にはドラゴン使いクラス全員と、保険医だけが残る形となった。
足音が完全に聞こえなくなると、アルスとフォルックは顔を見合わせ、そっと亀布団を作っている優等生に目を向けた。
同じ頃担任がいなくなるや否や、ベルトルは布団から顔を出し、ゆっくりと上体を起こしてすぐ近くの窓辺の方に目を向ける。どうやらベルトルは窓から外に出ようと目論んでいるらしく、目分量で距離と窓辺の高さを測り、ぐるぐると思案に耽っているようだった。
と、ベルトルが二人の視線に構わず行動を開始。
「ね、寝てなきゃ」フォルックが勇気を出してベルトルを止めるものの、彼は聞く耳を持たず、ベッドから下り、窓辺に歩んでいた。途中膝を折ってしまうベルトルにフォルックはどうしようどうしよう、とアルスに救いの目を向ける。
黙然とアルスは様子を見ていた。彼の傷は浅いものの、二、三日は安静にしなければ体だろうに…、しかも今のベルトルはパートナーがいない状況下。大人相手に勝機は薄皮ほどぺっらぺら。コンマ単位の勝機だろう。
それでも行く意志は変わらない、きっと助ける意志は変わらないのだ。
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