002
「―――…ケイッ、いやがるなら五秒以内に出てきやがれ!」
授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出したヨウは、舎弟のいるであろう教室の扉を力いっぱい開けた。後ろの扉を開けたため、教室にいる生徒達が一斉に振り返ってこちらを注目。構わず、ヨウは舎弟の姿を捜した。
しかし舎弟の姿はない。
舌打ちをして、近くにいた舎弟と1番仲の良い五木利二に彼の行方を尋ねる。「田山はー…」利二はそれ以上何も言わず、視線を前に向けた。ヨウも前に視線を向ける。教卓付近で目が留まった。
そこにはコソコソと身を隠し、しゃがみながら前の扉から逃げようとしている舎弟の姿一匹。
動きを止め、チラッとこちらの様子を窺ってきた。が、見つかったと分かったのだろう。慌てて体を起こし、頬をしきりに掻いて愛想笑いを浮かべてきた。
「よ、ヨウじゃんか。ど…どうしたんだよ」
「テメッ、分かっておきながら敢えて聞くか? あ゛ーん?」
クシャクシャに丸め込んだ紙を見せ付ける。
タラタラ汗を流すケイだったが、ふっと開き直ったように腰に手を当て人差し指を立ててきた(しかもムカつくことに軽く横に振ってくる)。目をキーランと輝かせ、ビシッと自分を指差してくるケイはフンと鼻を鳴らした。
「常日頃から尊敬するべき兄貴に気を遣う。それが弟分の役目なのであーります! 寝不足だと仰った兄貴のために、静かな環境を作り上げみせる。フッ、今日も舎弟は舎兄のために愛と正義と平和を守るのでありまする! 田山圭太は貴方のために、この身を捧げる気持ちで尽くしましょう! ウッフン兄貴、舎弟の友愛を感じてくんなまし」
………。
舐めてンのか、こいつ。
ヨウは小さく丸め込まれた紙を更に握り潰す。
隣で肩を並べている利二から笑いを噛み殺す声が。
「どんな状況に置かれてもノリはいいな」
褒めているのか貶しているのか分からないが、とにかく笑声を必死に噛み殺していた。同じクラスにいるハジメに至っては(弥生は不在のようだ)、大爆笑。ツボッたのか、涙を浮かべ、咳き込みながら机を叩いている。
ケイはノリよく言葉を続けた。
「アーニキ! 俺は貴方を尊敬してるぅー!」
愛してる的ノリで言ってんじゃねえぞ、テメッ。
大っだいっだいっ注目浴びてんじゃねぇか、笑われてるじゃねえか、俺等。授業で笑われる上に、なんで、ここでも笑われなきゃイケねぇんだよ。クソっ、殴り飛ばしてぇ。
かの有名な不良が怒り心頭している一方で、とどめだとばかりにケイは、次の瞬間両人差し指を頬にくっ付けてぶりっ子風に舌を出した。
「これも舎弟の友愛だと思って、恥掻いても笑ってゆるぴてっちょ。以上、ケイちんの悪戯でち…たー…と、さあて。用事を思い出した。んじゃ、俺はこの辺で…ッ、ごめんごめんごめん! ヨウ、ちょっ、マジごめんってぇえええ! これにはふっかぁーいワケがあっ、話聞いてくれー!」
「そっこまでしてくれた舎弟にッ、舎兄はちっとくれぇ礼をしなきゃイケねぇよなぁあー? 待ちやがれ、ケイ!」
一目散に教室から飛び出すケイを追い駆けるため、ヨウも教室を飛び出した。
次に授業があるとか、10分しか休みが無いとか、そんなことヨウの知ったこっちゃない。とにもかくにも舎弟をひっ捕まえないと腹の虫も気も済まない! 「ごめん、マジごめん!」走りながらも器用に両手を合わせてくるケイに、「テメッ覚悟しやがれー!」怒声を上げる。
かくして舎弟と舎兄の追いかけっこが始まったのだが、決着がつくのは時間の問題だと逃走者は青い顔を作った。
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