兄貴、尊敬してるぅ!(嘘に決まってるだろ!)
「荒川。起きなさい、荒川」
机に伏していたヨウは意識を浮上させる。
人が折角眠っていたというのに、誰だ、起こしてきた野郎は。不機嫌そうに声を漏らして上体を起こした。
「んだよ、うぜぇな…」頭部を掻いて周囲を見渡す。気まずそうにクラスメートが、いや、気のせいかもしれないが笑っている気が…、自分と目があった生徒数人は目を逸らしながら、クスクス笑ってこちらを見ている。
そして仁王立ちしている女教師、担当は世界史A、あだ名は厚化粧。文字通り、化粧が厚い。口元を引き攣らせ、指し棒を折らんばかりに曲げながら体を微動させている。ついでに青筋が目立つ。
世界史の時間に、自分が爆睡するのはいつものこと(殆どの教科は睡眠学習だ!)。今さら何を怒っているんだと、反省することもなく、寧ろ開き直ってヨウは頭の後ろで腕を組んだ。
「あなたにしては考えたわ」世界史の教師は唸り声を上げる。「は?」ヨウは怪訝な声を上げたが、教師は話を続ける。
「確かに世界史は面白くないかもしれないわ。貴方にとって世界の歴史と自分の人生はなんら関わりが無い。そう思ってるかもしれない。私も貴方の価値観を変えようは思わないわ。ただね、私も教師だから貴方に授業を受けさせなきゃいけないの。例え、こんな馬鹿げた張り紙で私に起こさないよう訴えても貴方は生徒。私は教師。無理なものは無理なの」
「…張り紙…?」
クラスメートのクスクス笑いが大きくなる。必死に堪えようとしているようだが、残念なことに声は漏れている。
なんとなく嫌な予感がして自分の席の周りを確認。机の横に掛けてある通学鞄に何やら紙が、セロテープで留めてあるそれはプリントの裏紙。ヨウはプリントを剥ぎ取った。
『只今、イケメン不良、安らかに冬眠中。お静かに(ハート)』
ヒクリと口元を引き攣らせ、ヨウは片眉を微動。
クラスメートの笑声と教師のお小言など耳に傾けず、端を握り締めて字を見据える。
誰だよ、俺が寝てる時にこんな阿呆なことしやがったのは。
ワタルか? 可能性は特大だな。……けど、にしては妙に字が達筆だな、おい。あいつの字は俺よりキタねぇぞ。こんな綺麗じゃねぇ。
達筆で綺麗…、女子の字か? っつーことは弥生がンなことを…、いや、あいつがこんなことするか? しかも弥生、豆粒みたいな字で全体的にまるっこかった気がする。
他に字が綺麗で達筆。ハジメは俺とどっこいどっこいだしな、タコ沢? ゼッテェねぇな。
シズ、響子、ココロ……まず学校が違ぇ。論外。
……待てよ、確か、あいつ。
おもむろに後ろの席の男子生徒の胸倉を掴み、ヨウは張り紙を指差して「これ。誰がやったか見てたか?」脅すように尋ねる。おとなしめ系の男子生徒はタラッと冷汗を流しながら首を縦に振った。この男子生徒、常日頃から休み時間は自分の席で読書に勤しんでいるため、偶然にも現場を目撃してしまったのだと言う。
「だけど名前は知らない」
蚊の鳴くような声で教えてくれる男子生徒は必死に手を離してくれるようヨウに視線で訴えるが、それにまったく気付くことのないヨウは「髪染めてなかっただろ」確信を持って尋ねてきた。
しどろもどろ男子生徒は返答する。
「う…、うん。染めてなかった。た、多分、最近、荒川くんと一緒にいる人だと思う…。あ、荒川くんが舎弟にしたっていう、あの人…だと…おも、うよ?」
そう、舎弟は中2まで習字を習っていたと言っていた(正確には習わされていたらしい)。奴の字は日陰男子に似合わず、チョー達筆。
まさに今、この字のように達筆、達筆なのだ。
ヨウは渾身の力を籠めて紙を丸めた。
その時の表情は、クラスメート曰く「激怒している顔もイケメン。カッコイイ」「オーラが黒い、鬼だよアノ顔」。どちらが男子の意見でどちらが女子の意見かは言わずも分かるだろう。
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