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012


  
「俺、昨日、父に連れて行かれそうになったでしょ? その時、森に連込まれたのは分かったけど、どこの森なのかなー? って興味が出てさ。そしたら聖界ってよく知らないなーって気付いて、今、地図帳を柚蘭から貸してもらって聖界を教えてもらってるんだ。
俺、知識でしか聖界を知らないし。これから聖界でずっと暮らしていくのに、よく聖界を知らないのもおかしな話だと思って」
 
 
 聖界をうろつける身分でもないんだけどさ。
 でも知っておきたいのだと菜月は言う。だって、聖界でこれからずっと暮らしていくのだから。


「聖界って、聖界人って、悪いところばっかりじゃないって知ったから。どっかの誰かさん達はなりふり構わず…、俺を助けてくれた。なんか興味が出たんだ」


 そう、棘なく言う弟に螺月は泣きたいような、嬉しいような、くすぐったいような、そんな衝動に駆られた。

 人間界暮らしの方が居心地良いだろうし、できるなら戻りたい気持ちもあるだろう。分かってる。悪魔のところに戻りたい気持ち、十二分に分かってる。
 けれど自分達に心を見せてくれ始めている。それは一抹でも聖界にも居心地の良さを感じ始めているからだろう。常に弟にぶつかってきて良かった。真正面からぶつかって良かった。気持ちをぶつけ続けてきて良かった。
 ぶつけてきたからこそ、ぶつかってきたからこそ、弟に想いが少し通じたんだと思う。
 
 椅子に腰掛けている柚蘭は、「今度どこかに出かけましょうか」話題を切り出す。限りなく穏やかな微笑を浮かべながら。
 

「菜月、西区の海はとっても綺麗なのよ。一番は南区が綺麗なんだけど、でも西区も負けてないの。とっても澄んでいて泳ぐと気持ちも良いし、今度三人で行ってみましょう」
 
「あ、いいな。まだ季節的に海水は冷たいだろうけど、もう少ししたら入れるだろうしな」
 
 
 すると菜月は恥ずかしそうに、「入るのはちょっと…」口ごもる。
 
  
「俺…、うん、水に浮けないっていうの? ……泳げないから、水に沈む。カナヅチ」


 また新たな弟の一面を知り、二人は笑声を漏らす。
 恥ずかしがることないではないか。螺月は菜月の隣に腰掛け、「泳ぎ方を教えてやるって」大丈夫だと言うが、究極のカナヅチなのだと菜月は暴露した。それはそれは亡き祖父も恐れ入るほどのカナヅチなのだ。

 それでも構わなかった。だってそういう一面さえも、自分達は知れなかったのだから。螺月は教えてやると約束し、広げている地図帳を貸してもらうと海の頁を開き、「近くに有名な観光スポットがあるんだ」頁を指差す。
 聖界の知識があっても、様々な視点からでは聖界を知らない弟のために西区の観光スポットや遊び場、実体験を交えながら説明してやる。
 興味を持つ弟は、「行ってみたいな」とポツリ。

 夢を見ている弟に言う。夢を現実にしよう、と。
 大丈夫、今は自由拘束をされているが、いずれ緩和されるだろう。その時は好きなだけ行ける。連れて行くことを約束するから。


「気まぐれだが、人魚に会えるかもしれねぇぞ。海に時々出没するんだ」

「わぁーっ、人魚ってやっぱりいるの? 足が魚?」

「ええ、遊泳する姿はとっても綺麗なのよ。それから男の人も女の人も歌がとっても上手なのよ」

「男もいるの? 人魚って」

「そりゃそうだろ。どーやって子孫を繁栄するんだよ」

「だって人間界の童話に人魚姫っていうお話があるから、イメージ的に女性なんだ。俺の中の人魚って」

 
 穏やかな昼下がり。
 今までの日常が弟の態度の変化により、大きく変わった日だった。それは限りなく幸せな一こま。三姉弟のやり取りが自然に出来た、一こまだった。




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あきゅろす。
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