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010


 
 槍を研ぎ終わると、螺月は弟を連れて家の敷地内に戻る。
 あまり外に出ては聖保安部隊が口喧しく言ってくるだろうから。「ん?」不意に翼に感触を感じた。振り返れば、菜月が翼に触れている。これまた珍しい光景だ。
 
 
「何してんだ?」

「あ、触ってるって分かった? 神経通ってるのかなーって思って。ねえ、翼動かして飛べないの?」


 素朴な疑問をぶつけてくる天使嫌いに、螺月は驚きつつ答えてやる。

「飛べたら出勤の行き来がもっと楽になってるって。俺は出勤ぎりぎりまで寝てるぞ」

 それもそうだ、菜月は笑声を漏らした。明日は雨でも降るのではないだろうか。弟がこうも自然に笑うなんて…、しかし螺月は思った。弟は心を見せてくれているのだと。でなければ、こんなにも話し掛けてくれる筈、笑ってくれる筈ないのだ。
 
 「翼って不便そうだよね」菜月の疑問に、「実はな」螺月は声を窄めた。
 
「ある時期になると羽根が抜け変わるんだ。朝起きたら羽根がそこらじゅう散らばってる」

「え、嘘」

 ほんとに? 目を丸くする菜月に螺月は意地悪く笑った。
 

「だったら掃除が大変だよな」

「……。今の嘘? え、何、今の。ちょっと、あ、待ってよ螺月。ねえって!」


 菜月を置いて歩く螺月は笑声を上げた。
 
 「あ、嘘だろ今の!」酷いや、少し本気にしたんだけど、と脹れる菜月の頭を小突き、その後頭に手を置いた。
 何だよもう、脹れる菜月が舌を出してくるが、それは生意気な態度ではなく兄弟としての態度。兄弟だと思っていないかもしれないが、兄弟らしいやり取りが出来たことに、螺月は喜びを覚えた。
 

 リビングキッチンに入ると柚蘭が裁縫に勤しんでいた。

 何を縫っているのだと、菜月が手元を覗き込む。自分から歩み寄って来る弟に驚きつつ、柚蘭は微笑して答えた。小物入れを作っているのだと。
 「へー」柚蘭って器用なんだね。向かい側の席に腰掛ける菜月の隣に、螺月は腰掛けた。
 姉が此方に視線を向けてくる。会話に自ら加担してくる弟の様子に嬉しいらしい。自分もそうだと視線を返し、上体をテーブルに預けている菜月に目を向けた。退屈そうに欠伸を噛み締める菜月は、柚蘭の作業している手を見つめながら口を開く。
 

「いっつも思うけど、聖界ってこういう時間が暇だ。人間界にはテレビって映像機があったけど、此処にはそういうものもないし」
 

 パソコンもラジオも何もないって暇だ。
 愚痴に近い言葉を零す菜月に、「代わりに聖界人は会話を楽しむのよ」柚蘭は目尻を下げた。「会話?」例えばどんな会話、と菜月は聞き返す。
 

「そうね。最近の現状とか。仕事とか。趣味とか。私、昨日、同僚と不倫について語ったわ。その前は浮気。この前は政略結婚」

「……。柚蘭って結構、昼ドラみたいなドロドロ恋愛が好きだったりする?」

「いいえ、ただそういう人達ってどういう気持ちなのかしらって話してただけよ。近親相姦とか」

「き、きんしッ…それって、親兄弟同士の恋愛?」
 
 
 おいおいおい。
 菜月の前で教育上宜しくねぇ単語は出すな。頼むから。螺月は顔を引き攣らせる。が、しかし、柚蘭は話を続ける。


「うふふっ、例え話をするの。ちょっと近親相姦でお話を作ってみるなら、螺月は私のことが好きで、私は菜月のことが好き。さあ三角関係になったけど、どうしましょう! 私は気持ちに従うべきなのか、それとも偽って……、て、そんな具合に同僚と話してるわ。螺月、菜月、どう思う?」


 どうも思いたくない。率直な感想だ。
 同僚となんて話をしてるんだ。螺月は姉のあまり知りたくない一面を知ってしまい絶句、菜月もまた言葉を失っている。

 「で…もさ」菜月は間を置いて、どうにか切り出す。
 



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