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弟が変わった日


   
 * *
 

 博学の天使に再会した翌日は仕事ではあったけれど、姉と揃って休暇を取らせてもらった。
 仕事が出来る穏やかな心情ではなかったのだ。聖保安部隊が昨晩、家を抜け出したことを執拗に尋問してくるし、とにもかくにも自分の気持ちを整理するべく休暇という名の時間が欲しかった。
 
 天使だと信じていた自分の種族がどこにも属さない。
 更には父の研究材料にされていたと知ってしまったのだ。少なからず落ち込む。自分も柚蘭も、何処かで落ち込んでいた。しかし何処かで弟と同じ新種族だと知り、安心する自分もいた。実は同じ種族だったなんて、本当に心の底から兄弟だと思えるではないか。


 悲しんでいいのか、それとも喜んでいいのか、複雑な感情を抱いたまま各々午前中を過ごしていた。
 

 気晴らしに武器の手入れをしたかった螺月は、家の敷地の外に出て(敷地内は魔封がされている)烈火の槍を召喚すると刃先を砥石で磨き始める。
 根元から先端にかけて丹念に刃を磨きながらも、思案に耽ってしまうのは父のこと。知らず知らず手に力が篭ってしまう。奴を思い出すだけで嫌悪してしまう。自分達を研究材料にしてただなんて。
 
 綺麗に磨いた槍を見つめ、砥石を懐に仕舞って軽く振る。宙を切る音が心地良い。
 呼吸を極力小さくし、螺月は槍頭に纏う炎を見つめ、次の瞬間素早く足を回し、槍を自分の狙いに定めていた箇所へと突く。宙を切る音が空へと舞い上がった。

 武技をもっと高めなければ奴はやれないだろうな。
 

 煮え滾る思いを噛み締め、螺月が槍に目を落としていると、「動きが見えなかった」凄いやと感嘆。振り返れば家の敷地内から此方の様子を見ている弟。柵に寄り掛かり、どうやったらあんな動き出来るのかと目を小さく輝かせている。
 初めて見る目に不意を突かれたが、直ぐに笑みを返し螺月は弟の元に歩み寄った。
 

「なんだ、見てたのか」

「うん、暇だったから。その槍、重い?」
 

 珍しく菜月から話題を振られた。

 持ってみるか、と片手で槍を差し出す。「でも敷地にいるけど」菜月は武器に触れもしない気がする、と顔を顰める。螺月は少しばかり間を置いて、ちょっとぐらい敷地に出てもばれないだろうと言い、柵を越えるよう言った。
 「ええ?」昨日の今日でまた敷地を出ちゃうのは不味いんじゃ…、と言いつつも、菜月は決まりより、好奇心を取った。キョロキョロと周囲を見回し、柵をゆっくり越える。
 
 螺月から槍を受け取った菜月は、次の瞬間思いと悲鳴。
 両手で持ってはいるが、これを振り回すなんて無理だと直ぐに螺月に返した。
 
 
「あー重かった。絶対3キロ以上あるでしょ。俺じゃ振り回せない。持つので精一杯」
 
「慣れりゃどうってことねぇよ。あ、此処だけあんま磨けてねぇ」
 

 刃を見た螺月はその場で胡坐を掻き、懐から砥石を取り出して磨き始める。
 菜月もしゃがみ、一連の作業を興味津々に見つめていた。本当に珍しいこともあるものだ。菜月は十分もせず、身内から離れるというのに、自分から進んで傍にいるとは。何となくチャンスな気がした。


 螺月は作業している手を止め、やってみるかと菜月に槍と砥石を差し出す。

 
 「俺でもできるの?」包丁なら研いだことあるけど。好奇心を含む眼で槍を見つめる菜月に、やり方を教えるからと手渡す。言われるがまま菜月は槍を持ち、砥石で刃先を研ぎ始める。ぎこちない手付きだが、螺月の教えたとおりに研いでいる。
 難しいと眉根を寄せる菜月に、慣れていないからだと笑い、頭を撫でた。


 嫌がる素振りを見せなくなっていた。

 少し前まで触るなオーラを出していたのだが…、何となく得した気分になった。
 




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あきゅろす。
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