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聖保安部隊の警鐘


 

 ―――…なーんて、同居一日目から不安があったし、色々弟はやらかしてくれたし、前途多難だって落ち込んだこともあったけど。今は見違えるほど素晴らしい生活を送っていると思う。
  
 
 湯がいた芋を潰している菜月を横目で見やり一笑。
 まだまだ人間界の暮らしの方が居心地が良いと思うだろう。人間界に帰れるのならば、人間界に帰りたいと思っているかもしれない。それでも菜月は肩身の狭い聖界で笑顔を見せ始めてくれている。些細な事でも笑うようになった。

 自然に会話できる、それがどれほど素晴らしいことか、周囲の輩には分からないだろう。


 トントン―。
 
 呼び鈴と同時にノック音が聞こえた。螺月は野菜を切っていた手を止め、軽く水で手を洗うと、菜月に此処にいるよう告げた。絶対にこっちに来てはいけない。しっかりと釘を刺して玄関に向かう。
 姉ではないことは確かだ。姉は呼び鈴など鳴らさないし、ノックもしないのだから。
 
 ということは、必然的に訪問者が特定できてしまう。
 
 螺月はド不機嫌な顔を作って扉を開ける。
 案の定、そこには聖保安部隊隊の長と副隊の長が立っていた。自分の顔を見るや溜息をついてくる郡是は、「何故、勝手に連れて帰る」開口一番に文句を垂れてきた。素知らぬ顔で「駄目だったか?」螺月は問う。
 

「弟は嘔吐しちまいそうだったんだが? いや嘔吐しちまった。具合が悪い弟を連れて帰って何が悪いんだ?」
  
「一報しなかったのは悪かったが、勝手な事をされても困る。今すぐ異例子を大聖堂に連れて行きたい。少しばかり仕事がある」

「冗談言うな。具合の悪い菜月をまたトラウマにしてる大聖堂に連れて行くってか? そりゃ許可できねぇ。大体勝手な事をしたのはどっちだ」
 

 明日にしろと螺月は突っ返す。
 「ちょっとだけなんで」千羽がおずおずと意見してくるが、ちょっとも何もクソもあるかと螺月は悪口(あっこう)をついた。向こうには向こうの事情があるだろう。しかし、こちらにはこちらの事情がある。譲れない。
 帰ってくれと素っ気無く突っ返す螺月に、郡是は眉根を寄せる。


「鬼夜螺月、あまり手間を取らすな。異例子を借りるだけだ。何もしない」

「聖保安部隊の言うことを安易に信じるほど、俺も馬鹿じゃねえ。さっさと帰れ。聞けば朝から菜月は聖堂にいたそうじゃねえか。十分だろ、明日にしやがれ」

「そうはいかん。こちらも上層部の命で今日中に報告書を纏めなければいけないんだ。あまり手間を取らせると公務執行妨害罪になるぞ」

「悪いな、郡是隊長。俺はそんな脅しじゃ折れねぇんだ。そんな軽い罪、幾らだって負ってやるよ。俺はもっと重い罪を負ってるしな。責任は俺が取るから、今日はお引取り願いたい」


 意味深に言葉を放ち、一向に引き下がらない螺月に、たっぷり間を置いてはぁーっと郡是は長い溜息。
 こめかみに手を当て、「分かった」と短い返答。どうにか上に話して明日にしてもらうと言う。此方も一報しなかったのが悪いしな、渋々とだが引き下がってくれる郡是に短く礼を告げる。言葉に心が篭っていないことを、彼は見抜いていることだろう。

 「しかしだ」郡是は螺月に強く警鐘を鳴らした。


「あまり上層部に逆らうようなことはしない方が良い。身を滅ぼしかねんぞ」
 
 

 リビングキッチンに戻ると夕飯の下ごしらえをしていた菜月が作業の手を止め、大丈夫だったかと尋ねてくる。
 
 聖保安部隊だったことは菜月も容易に察していたらしい。
 口論になったのではないか、聖堂に戻った方が良いのか、郡是隊長は何か言っていなかったか、矢継ぎ早に質問してくる。「何もなかった」螺月は心配するなと髪をグシャグシャに乱す。

 「ほんとかなー」菜月は髪を整えながら、疑いを掛けてくるがさっさと帰ってもらったと一笑。片隅で郡是の言葉を思い返していた。

 身を滅ぼす、か。
 だったら身を滅ぼすことと、人を見殺しにすること、どちらが辛酸だろうか。―…無論、答えは分かっている。
 
 螺月は弟に視線を落とす。
 弟は潰したジャガイモに隠し味としてひき肉を投入していた。一生懸命、具材をこねる菜月に螺月は目尻を下げる。

 
(俺と菜月は誰がなんと言うと兄弟…、博学の天使に新種族だって言われちまった化け物同士。俺は菜月の兄貴。ただただ兄貴として精一杯、やれることをしてやりてぇだけだ)


 そして姉や弟と共に幸せになりたいだけ。月並みの幸せを手に入れたいだけなのだ。
 現に今、幸せの一端を掴まえている。何故ならば菜月は自分等に心を見せ始めているから。
 
 「あ、結構な量になりそう」菜月はコロッケになるであろう生地を見て顔を顰めた。けれどすぐに綻び、「余ったら明日の弁当だよ」螺月に向かって笑う。そう、菜月はちょくちょく自分達の弁当もこしらえてくれるようになっている。

 笑みを返し、螺月はコロッケを丸め始める弟の手伝いをするべく作業に加担した。
  



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