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同居生活の始まり


   
 同居一日目。
 つまり自分達姉弟が十三、四年ぶりに一つ屋根の下で暮らし始めるということだったのだが、我が弟は同居一日目にして此方の手を焼かしてくれたものだ。

 その日、仕事だったにも拘らず螺月は姉と共に有給を取り、新しい住まいに荷物等を運んでいた。
 早朝から住まいを訪れ片付けをしていると、聖保安部隊が弟を連れてやって来た。ぶすくれている弟は聖保安部隊に自室へ案内されると、片付けを手伝うことなく部屋に引き篭もってしまった。
 予測していたことだったため、それは問題なかったのだが、午後に族長の鬼夜菊代が訪れた時、弟は見事にやらかしてくれた。
 
 族長に顔くらいは見せておかなければならないと、自室に引き篭もっている弟を引っ張り出し、リビングキッチンに連れて行ったまでは良かったのだが。
 弟は族長や聖保安部隊隊の長がリビングキッチンにいると分かるや否や、あっかんべーと舌を出して大声で話すことも何もないと鼻を鳴らした。
 
  
「俺、あんた達と話すことなんてありませんから。どーぞ天使だけで話し合って下さい」


 「ボケナス暇人天使!」と菊代や郡是、自分達姉弟に罵声を浴びせてそそくさと自室へ逃げてしまった。
 勿論、四天守護家鬼夜の族長にそんなことをするなど、失礼極まりない。肝が冷えるかと思った。
 
 菊代は元気が良いと微笑ましそうに目尻を下げてくれたが、螺月は姉と共に何度も謝った。謝り倒した。
 郡是にも謝った。本当に馬鹿な弟で申し訳ない、と。郡是も気にしてはいないようだったが、「大変だな」心底同情はしてきた。まったくもってそのとおりだった。

 二人が帰宅し、聖保安部隊もいなくなり、早速同居生活の幕は上がったのだが、まず出だしから菜月に対してお小言を言う羽目になったのは言うまでもない。自室に引き篭もっている菜月の元を訪れ揃って注意をしたのだが、べっと弟は舌を出す始末。
 

「俺、人間ですもん。天使語分かりませーん」
 

 なんでてめぇはそうあるんだよっ…。
 螺月は煮え滾る想いを抱きながら、必死に感情を押し殺した。此処で叩けば出鼻を挫いてしまう。慎重に、尚且つ穏便に…そう大人の対応を。兄としての対応を。
 
 「うぇーだ」再び舌を出してくる弟にブッチン、大人の対応より兄としての威厳を見せ付けるべきだと判断した螺月が菜月の頭に拳骨を入れたのはその直後のこと。
 痛いと悲鳴を上げる菜月が暴力天使と怒鳴ってきたため、「んだとチビ」大人気なく張り合ってしまい、姉の柚蘭に呆れられてしまったのもその直後のこと。
 「俺はチビじゃない!」成長期が遅いだけなのだ。菜月は身長への攻撃は人権侵害だと喚き、螺月の脛を蹴ったのもその直後のこと。


「いってッ。てめぇ、兄貴に向かって」

「俺はあんたを兄なんて思ったことありませーん」

 
 まさに一触即発。
 兄弟喧嘩が始まりそうだったため、柚蘭から仲裁に入られてしまった。何で喧嘩するのかと心底呆れられてしまう。螺月はぐうの音も出ない。
 「菜月も菜月よ」あんな態度を取るなんて。姉に注意され、菜月の機嫌は低空飛行となってしまう。柚蘭は続け様、菊代の慈悲で赦されたのだからあんな態度は取っては駄目だと優しく言う。

 すると菜月は憤怒したように声音を張った。
  
 
「俺のしたことは間違いだって思ってない! 間違いなら間違いって言われても結構だけど、俺は間違いなんて思ってないし、魔界人と繋がった事が罪だなんて思わない! 魔界人だった風花も、ネイリーさんも、凄く良い人だった! 少なくとも天使よりずっと優しかったし人情味もあった!
なんで離れなきゃいけなかったのかも分からないし…っ、なんで繋がることを禁じられてるかも分からないよっ。…もう出て行けよ! 十分だろ! 出て行けよ!」
  
  
 悲鳴に近い金切り声を上げ、菜月は自分達の体を押して部屋から追い出した。
 

 バタン―!

 思い切り扉を閉められしまい、二人は顔を見合す。地雷を踏んでしまったようだ。柚蘭は当たり前のことを言っただけなのだが、菜月には心抉る発言だったのだろう。菜月に気付かれないよう気配を殺しながら、中の様子を窺うために少しだけ扉を開ける。
 ベッドに上体を預けて崩れている菜月は体を震わせていた。「帰りたい…」そんな言葉を聞いてしまい、二人はどうしようもなく扉を閉めて去るしかなかった。
 
 真新しいリビングキッチンのテーブルに着くと、螺月は頬杖着いて軽く溜息をつく。


「ありゃ暫くは部屋から出てこねぇな。分かっちゃいたが…前途多難だな。俺等」


 隔たりを見せ付けられた気がする。
 螺月の吐露に柚蘭は微苦笑を零しながら台所に立った。


「こればかりは仕方が無いわ。少しずつ菜月に歩み寄っていきましょう。螺月、今晩クルックスープでいい?」

 
 肯定の返事を返し、晩ご飯の仕度を始める姉を手伝うべく螺月は席を立った。
 帰りたいと嘆く菜月の言葉が杭のように胸に突き刺さっている。帰りたい、そう思わなくなるような環境を自分達は弟のために作り出せるのだろうか。人間界で暮らし生きていた弟。聖界が居心地良い故郷だと思う日、あるのだろうか。
 



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あきゅろす。
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