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002


   
 大聖堂を出ると、空が紫に染まっている。もうじき夜空が顔を出すに違いない。
 
 ゆっくりとした歩調で進みながら、螺月はぐったりと背に寄り掛かっている弟に声を掛けた。あれから手洗いに連れてってやった。本当に吐きたかったらしく、菜月は嘔吐してしまった。随分楽になったようだが、顔色はあまり宜しくない。
 大丈夫と笑う菜月は、「ごめん」謝罪してきた。負ぶわせていることもさながら、今日は朝から聖堂にいたため家の中が散らかったままなのだと言う。家事のいっさいは菜月が担当している。だから弟が謝罪してきているのだろう。

 何てことない問題に螺月はバーカと悪態を付いて、一笑。

  
「てめぇのせいじゃないだろ。悪いのは聖保安部隊だ。後で郡是隊長に文句言ってやる」

「でも俺、勝手に出てきちゃったけど」

「それも向こうが悪い。心配すんな。今は体調だけ考えろ。帰ったら少し寝た方がいいかもしれねぇな」
 
 
 「も、大丈夫だって」心配性だと笑う菜月は顔が周囲に見えぬようしっかりとフードを被った。
 悪い意味での有名人も楽じゃないな。心中で呟き、螺月は前を見て歩く。少し前であれば嫌がられたおんぶも、今は素直に身を任せている。気を許してくれている証拠だろう。
 
 何か買ってやりたい気持ちはあったが、今は体調を優先しようと螺月は弟を連れ、真っ直ぐ帰路を歩く。
 途中で買い物中の朔月と会った。自分と弟の姿に仲が良いな、と綻んでくる。「まあな」そう返す螺月の後ろで、「この歳でおんぶって」菜月は微笑を零していた。やはり嫌悪感は抱かれなかった。
 
 街から出る頃、星が点々と顔を出し始めた。
 おもむろに菜月は空を仰いで口を開く。菜月から話し掛けてくれるようになったのも、極々最近の話だ。
 
 
「明日も晴れそうだね。星がこんなにもはっきりと見えてる」

「菜月、知ってるか。星は視方によって運命が変わってくるって。星占術って言うんだけど、ありゃ結構当るぞ。恐いくらいにな」

「フーン。じゃあ螺月、試しに占ってみてよ」

「あ、俺は無理だぞ。占い系は扱えねぇ。そういうテクは持ってねぇんだ。柚蘭なら大得意だから、あいつに占ってもらうといいさ」


 すると菜月が自分も占いが使えると言って笑った。
 興味を持った螺月がどんな占いだと聞けば、「花占い」螺月でも出来る占いだと笑ったものだから、此方もつられて笑ってしまう。ご尤も、そりゃ人間の菜月でも使える占いだ。
 

 帰宅する頃になると菜月もすっかり元気を取り戻したらしく(少し休めと言ったのに聞きやしない)、家に帰って来るや否や螺月の背から下りて散らかっている流し台を片付け始めた。
 それが終わると急いで夕飯の仕度を始める。「今日はコロッケにしよう」腕まくりをして張り切る弟の手伝いをするべく、螺月も台所に立つ。とはいえ、専ら切る担当なのだが。

 コロッケとは人間界の料理名だと螺月は知っている。
 菜月が台所に立つようになってから人間界の料理を口にする機会が増えた。螺月の楽しみの一つにもなっている。菜月が洗った芋を剥き始めたため、螺月もそれに倣って剥き始める。
 

「柚蘭、まだ帰って来てないけど遅くなるのかな」

「さあな。称号天使っつーのは仕事の幅が広がるから…、九時頃になるかもしれねぇ」
 

 心中で母上の見舞いに行っているかもしれない、と思ったことは内緒だ。
 母親に捨てられてしまった弟の前で“母”の話題は最大のタブーなのだから。自ら逆鱗に触れてしまい、折角の仲が壊れてしまっては大変だ。螺月は思ったことを決して口には出さなかった。

 『カゲっぴも〜』それまで影の中に隠れていたカゲっぴが、自分も手伝うと菜月に訴える。
 
 しかし突然カゲっぴが出てきたため、「鬼ぃいい?!」菜月は悲鳴を上げていた。
 最近では慣れた光景だが、最初見た時は何事だと血相を変えたものだ。弟曰くお化け系は恐いらしい。果たして鬼はお化けの類に当て嵌まるだろうか。疑問に思っていると、菜月が「なんだカゲっぴか」胸を撫で下ろしてスノーレタスを適当で、だけどなるべく大きく千切ってくれるよう頼んでいた。
 うんうん頷いてカゲっぴはスノーレタスの葉を千切り始める。
 
 魔界人は嫌いな螺月だが、カゲっぴはまだ子供。害があると思えず、なんとなく心許せる存在になっている。

 不思議な気持ちだった。
 魔界人と同居しているなんて。……まあ、だからって弟が魔界人と恋仲になったことは許していないが。
 

「そうだ。クルックスープも作っておこう。俺、柚蘭に作り方教えてもらったんだ」

「クルックスープって言ったら、同居一日目の時にてめぇがなっかなかメシに手をつけなかった内の一つだったな。そういや、同居一日目にしててめぇ、いっろいろやらかしてくれたな」

  
 螺月が笑声を漏らせば、「そんなこともあったね…」気恥ずかしそうに身を小さくしている弟の姿。
 今じゃ笑い話になるが、同居一日目当初はこんなんで大丈夫かと不安を抱いたものだ。螺月は芋を剥きながら思い出す。同居一日目のことを―――。
 



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