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004


 
 さて一時間程度で晩ご飯の仕度を終えた二人は、まずは不仲を解消するためにはコミュニケーションからだと踏み、弟と一緒に食事してぎこちなくでも良いから会話をしようと決める。
 早速柚蘭が菜月を呼びに行き、その間螺月が皿を並べていたのだが、数分も立たないうちに柚蘭が戻って来た。残念な事に弟の姿は無い。
 「自室で食べるって聞かないの」肩を落とす柚蘭。弟は幼児期、ずっとひとり自室で食事を取っていた。これからもそうなのだろうと踏んでいるのだ。菜月が自分達に心を見せてくれる日は遠そうだと思いつつ、螺月は弱ったなと頬を掻いた。

 
「そりゃ菜月の気持ちを酌んで、自室で食べさせてもいいとは思うけど…、俺等ずーっと此処で暮らす予定だ。最初から自室で食べさせてたら、以降絶対俺等と食事しなくなるぞ。あいつ。
ただでさえ顔を合わすことに嫌悪してるんだ。せめて食事だけは一緒に取っとかないと、コミュニケーションも何もないだろ」
 
「そうよね…。じゃあ待っときましょうか。菜月、食事を取りに来るだろうし」
 

 うんと螺月は頷き、微苦笑を零す。
 最初は上手く行かなくて当たり前。弟に歩み寄ったところで心を絶対に開いてくれるとは限らない。弟は幼少期、同じように自分達に歩み寄ってくれてた。大好きだというその想いを努力という形にして、歩み寄ってくれていた弟。その弟の手を振り払ったのは紛れもない自分で。

 だから冷たくされたり、素っ気無くされたり、拒絶されたりしても仕方の無いことなのだ。
 心の氷を溶かすには少しずつ、接していくしかない。どんな些細な事でもいい。弟に接していくしかない。
 
 
 一時間、二時間、三時間…。

 時計の針は一刻ずつ刻んでいるのだが、弟がやって来る気配はない。
 もう十時を回ってしまったのだが、意地張って部屋から出て来ないつもりだろうか。それとも不貞寝してしまったのか。自分達が寝てしまってから夕飯を取りに来るつもりか。「腹減った」溜息をつく螺月に、柚蘭はつまみ食いの許可を下ろすが食べてやらないと螺月は鼻を鳴らす。
 こうなればこっちも意地で待ってやる。螺月の意気込みに柚蘭は微笑を零した。
 

「菜月と一緒に食べるって初めてだものね。今日の内に初めてを経験しないと、先延ばしになっちゃう」

「ンとにな。それにしてもあいつ、腹減ってないのかよ」
 

 それはそれで心配だな。
 ぼやきを口にしていると、「え゛ッ、わわわっ! イッダー!」廊下から声が聞こえた。

 二人が廊下の方を見てみると、ローブの裾を踏んですっ転んでいる弟が一匹。顔面強打したらしく、顔を擦っている。それでも菜月は「なんで食べてないんだよ」慌てながら、そそくさと逃げるがまたローブの裾を踏んでその場にずっこけていた。
 「あ、ベルトが」紐ベルトが解けてしまい、菜月はこういう時にと愚痴りながら四苦八苦ベルトを結んでいる。不慣れな服に手間取っているようだ。

 仕方が無い子だと柚蘭は笑いながら、椅子から腰を浮かし、菜月の元に歩み寄る。


「はい立って。紐ベルトの結び方教えてあげ…、まあ、これ。ブカブカじゃない。私達が着ているローブと違うし。
普通は自分の体に合うよう、ローブの方が合わせてくれるんだけどブッカブカのまま…、だから転んじゃうのよ。これ、ただの布で作ったローブね。ファー綿で作ってあるなんて…、安物を着せられてる。なんで言わないの、菜月。体に合わなかったでしょ」

「…ローブが体に合わせてくれる? 普通は体に合う服を決めるものだろ?」
 
 
 何を言っているのだと菜月は首を傾げる。

 そういえば、人間界では自分の体に合わせて服のサイズを決めるのだったっけ。此処で既に文化の違いが垣間見えている。聖界より人間界暮らしの方が長かった菜月はもう、聖界の風習を忘れかけているようだ。
 「螺月、ちょっといい」柚蘭は螺月を呼び、螺月のローブを菜月に上げて欲しいと頼んだ。ローブは男用と女用がある。柚蘭のはやれないのだ。

「今すぐ持って来られる? 着替えさせてあげたいから」

「なッ、い、いいって別にこれで」

「また転んじゃうでしょ」

 ううっと悔しそうに呻く菜月を余所に、螺月は自室に向かい、ラックから自分の着ているローブを一着取り出してリビングキッチンに戻った。
 ローブを広げれば、弟の体には随分大きなサイズだが、螺月は構わず菜月の着ているローブを脱がせた。下着姿になった菜月はやや恥ずかしそうに、柚蘭の目を気にしている。

 どうやら女の前で下着姿にはなりたくなかったらしい。
 思春期の反応だな、と笑いそうになりながら螺月はローブを合わせてやる。
 
 ブッカブカだったローブも菜月の体に合わせてやると、それに合わせて縮んだ。
 「わぁー」魔法みたいだと感心する菜月は(というか魔法なんだが)、魔界人と繋がりを持っていたとはいえ科学文明の暮らしに慣れ切ってしまっているため、魔法文明の暮らしをすっかり忘れてしまっているようだ。こんな調子で本当に暮らしていけるのだろうか。
 
 やや不安の念を抱きながらも、螺月は菜月に紐ベルトの正しい結び方を伝授する。
 これからローブと長く付き合っていかなければいけないと分かっているのだろう。この時ばかりは素直に説明を聞いてくれた。一回では分からなかったようで、何度か自分で結ぶ練習をしていた健気な姿は、普通に弟として可愛いと思う。

 ああいう風にいつも素直だったらなぁ、なんて柚蘭とこっそり話していたのは弟には内緒だ。




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