貴方はいつだってズルイ人。
ボンヤリと思考をめぐらせていると頬を摺り寄せられた。
そのため菜月の思考は現実の世界に舞い戻る。菜月の首筋を悪戯っぽく指でなぞりながら、主人のいばらが微笑を漏らす。
「あーたしと居る時に、なに別のこと考えてるのー? ツマンナイ、ツマンナイ、つまんなーい」
「一応これでも、お嬢様のことを考えていたのですが」
「それは菜月の中のあたしでしょー?今は目の前のあーたしを相手してよ」
指を這わせ猫のように甘えてくるいばらに菜月は微笑する。
「では、俺はどのようにお相手すれば宜しいのでしょうか?」
「ンー。どうしたい?」
「そうですね。作法についてお話でもしましょうか? お嬢様、本日の作法をサボりましたし」
「げぇー。それ面白くなーい。あーたしの執事なんだから、もーっと面白い話にしてよ」
「例えばどのようなお話を?」
「それを考えるのが執事のお仕事でしょー?」
昔も今も、自分の主人は相も変わらず無茶苦茶なことを言う。
視線を合わせると、妖美の宿った瞳が自分を捕らえている。
狡い眼差しだ。自分はこの瞳によって全てを奪われた。
そう…目の前の主人は、女性は、いつだってズルイ人。
「そういえば明日は隣町にお住まいの令息と交流しなければなりませんね。お嬢様」
「まったぁ。そんな面白くない話をするー」
脹れ面を作るいばらは「欠席は無理なの?」と、これまた無茶な注文を要求してくる。
菜月は微苦笑して「少しの我慢です」と目を伏せた。正確には自分に言い聞かせた。菜月の気持ちを察したのか、いばらは笑みを零す。
「妬いてるのー?」
「出来ることならキャンセルしてやりたいのですが、執事の俺じゃ無理ですので我慢しますよ」
「やっぱり妬いてるんだぁ」
茶化してくるいばらに「悪いですか?」と菜月は脹れた。
「俺以外の執事を雇うなんて赦しませんし、俺以外の誰かと過ごすことも赦しません。いばらお嬢様。貴方は、俺だけの主人になって一緒に過ごしておけばイイのですから」
脹れたまま告げると、いばらは声を上げて笑った。
そんなに笑わなくても良いではないか。笑われたことに菜月はへそを曲げてしまう。対していばらは上機嫌で、菜月に全体重を掛けた。
「重いです」菜月の訴えも気にせず、いばらは耳元で囁く。
「じゃあ、あんたの全部、あーたしに頂戴」
不貞腐れていた菜月は、いばらの言葉に返事を返す。
「俺は、いばらお嬢様専用の執事です…ですが」
「ですが?」
「貴方の全てを俺に下さい。でないと、釣り合いません。俺も欲しいです。お嬢様だけなんてズルイです」
駄々を捏ねたように言うのは、菜月がまだ不貞腐れているからだ。
クスクスといばらは笑いながら軽く耳に吐息を吹き掛けた。
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