011
「あーんたが自覚する前から、あたし気付いてたよぉ? あんたの気持ち。でも、あーたし優しいからあんたが自覚するまで待ってあげようと思ってたの。そしたらこの仕打ち。ムカツク以外に言葉見つからないんだよねぇ。どーしてくれようかなぁ?」
「……お嬢様。俺はただの執事です。そしてお嬢様は闇夢鏡家のご令嬢。ご身分が違います」
「だから今のうちに離れようって甘っちょろい考え持つんだ?」
「俺の抱く感情は間違っているのですよ。お嬢様は何一つ分かってッ、つ…」
唇に痛みが走る。
主人に唇を噛み付かれた。切れては無いようだが、菜月は信じられない気持ちでいっぱいになった。
今、主人がした行為は主従関係にある自分達では決して赦されない行為。
「あーたしの執事になった。それが運の尽きさ」
主人は破顔する。
「決まってたんだよぉ。あたしの執事になった時から、もう他の女を選べないって。他の女を好きになった瞬間、その女をあんたの目の前で八つ裂きにしてアゲル。女、再起不能にしちゃうかもねー。あんたがあたしの許可無く故郷に帰るなら、あーたしがあんたの帰る場所を消してアゲル。この意味分かる? ねえ、菜月―――」
背筋に冷たいものが走った。
具体的にそれが何か、問われれば自分は迷うことなく答える。主人の感情に対する恐怖心だと。
大きく鼓動が高鳴った。
具体的にそれが何か、問われれば自分は迷うことなく答える。主人の感情に対する歓喜だと。
何より、ウットリと媚びた笑みを浮かべる主人に魅せられた。
“捕らわれた”初対面の時に感じた感覚が襲ってくる。
口を開閉して言葉を探す菜月は、どうにか声を振り絞って訊ねた。
「その言葉に、俺は自惚れても良いということでしょうか?お嬢様」
「さあ? どう解釈するかはあーんた次第。けど覚えといてよぉ?あーんたはあたしが解雇を出すまで、絶対に辞められない。あんたがどう足掻いても絶対に」
あーたしからは逃げられない。
再び噛み付くように唇を奪い去って行く主人にズルイ一言を浴びせられてしまった。
その後、主人は一度たりとも菜月のもとに足を運ぶことはなかった。
しかし菜月の耳にこんな話が飛び込んでくるようになる。自分の代わりに派遣された執事達が皆辞めていった。と。
主人の下に新たな執事が派遣されると聞く度に醜い嫉妬心が芽生えた。そして派遣された執事が辞めたと聞き、自分にしか主人の執事が勤まらないことに優越感を覚えるようになる。
同時期、自分はこんなことを思うようになる。
―――令嬢と執事、身分・立場ばかりを気にして自分の気持ちを抑えていた事が、とてもクダラナイ…と。
暫く経った後、解雇が撤回され主人の下に戻ることになる。
全てを見越していたかのように、主人はこう言った。
「あーたしから逃げられなかったねぇ」
一生掛かったとしても、主人からは逃げられないと菜月は思った。
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