009
考えれば考えるほど、いつ、自分が主人に惹かれたのかは定かではない。断定など出来ないだろう。
気付けば捕らわれていた。気付けば惹かれていた。気付けば自分の世界は主人一色だったのだから。
そんな自分が主人に対する想いを自覚したのは、何年もの月日が経ってから。
キッカケは主人が財閥の社交パーティーに出席した時のこと。
執事の自分は主人の身の回りの世話をする為に、当然の如く主人について行った。
とても動きにくそうで美しいドレスを身に纏いながら主人は「面倒」と連呼。自分から見ても面倒そうなパーティー、出席する主人は本当に嫌そうな顔を作っていた。
しかしパーティーが始まると主人は猫を被ったように、他の財閥の令息と会話を始めた。
持ち前の美貌が他の財閥の令息を惹きつけているのだろう。
何人もの令息と主人は笑みを貼り付けて話していた。
傍目から見ていた自分の心境は酷く醜いもので、俗にいう嫉妬心を抱いた。
この時、自分は気付いたのだ。主人に善からぬ想いを抱いているのだと。
主人と見ていた筈が、ただの主人とは見られなくなった。
身分が違う。立場が違う。何より主従関係。
なのに自分は抱いてはならぬ感情を抱いてしまった。
他の財閥の令息と話している主人を見ているだけで、自分の方が主人を理解していると令息に嫉妬心を抱き、胸の奥底に眠っていた名も知らぬ黒い感情が渦巻いてしまう。
いつか主人は財閥を存続させる為に、他の財閥の令息と結ばれる運命だというのに。
いつか主人は自分以上に大切な人を見つける運命だというのに。
いつか主人と自分の関係は切れてしまうというのに抱いてしまった恋慕。
恋慕なんて可愛いものではない。
抱く感情が堪らなく嫌で、自分に嫌気が差した。
自分の気持ちを自覚し、尚も主人と共にいる自分にこれで良いのかと自問自答な日々を送っていた。
そんなある日、執事を辞めろと解雇が下った。
何年も経っているが、自分は性格上、主人の執事に不向きだと言われた。
「だが私はお前の実績は知っている。あの跳ね返り娘の執事を何年も勤めてくれたしな。亡き琴月の孫でもあるし、別の仕事を提供する。そこで働いてくれ」
「……承知いたしました。旦那様」
主人の執事を解雇され、悲しい筈なのに安堵感が勝った。
それはきっと、主人に自分の気持ちを知られたくない故の安堵感だったのだろう。
菜月は主人に解雇の事を告げることなく、別の職場へと移った。
自分が移動することで全てが片付く。そう思っていた。思い込んでいた。
しかし、それは大きな判断ミスだった。
主人は自分の仕事場に押しかけて来たのだ。
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