006
「執事、辞めるんじゃなーいよね?」
今度は固まってしまった。
主人が放った言葉を自分なりに解釈・理解し、菜月は失笑する。
「唐突に何を仰るのでしょうか、いばらお嬢様は。俺は辞めませんよ。今まで俺が執事を辞めたことありましたか?」
「あーったじゃん。親父の馬鹿に解雇されて」
意味あり気に笑う主人の漆黒の瞳に捕らわれる。
菜月はその瞳に微笑み、一言。
「お嬢様に解雇された覚え、一度だってございませんが?」
「言うねぇ。一時期、人を放っておいて別の仕事してたくせにー」
雑誌をベッドに投げて主人のいばらが上体を起こす。
菜月は思い出す。解雇を下された日のことを。
予想はしていたのだ。自分が主人であるいばらの我儘ばかり聞き入れていた為に、いつかは解雇されるだろうと。
しかし菜月自身、それで良かったと思っていた。
あの頃の自分は、ある感情に支配されることを臆していたから。
物思いに耽ていると背中に重みを感じた。
振り向かなくても分かる為、菜月は回される腕をそっと掴み握って口を開く。
「お嬢様。重いのですが」
「うわぁ、シツレー。こういう状況は喜ぶべきでしょー?」
「と、言われましても」
「ねえ。今、なあに考えてたの?」
「……あの頃の俺はクダラナイ事で思い悩んでいなーっと、考えていました」
「へえ、どんな悩み?」
意地の悪い質問だ。菜月は失笑する。
「言わずとも分かるでしょう」
「まあねー」
あの頃、解雇を下される数ヶ月前から自分はある感情に悩んでいた。
毎日のように思い悩んでいた。傍若無人な主人に惹かれ、想いを募らせていく自分の感情に。
執事である自分が令嬢であり主人である人に想いを寄せ始めるなんて、自分自身でも予想のつかないことだった。
キッカケは、主人に惹かれ始めたキッカケは何だったのだろうか。
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