005
「そうですか。今月の分、そちらに届きましたか。母さまのご容態はどうです?」
『入退院を繰り返してるけれど、随分良くなったわ』
「それは良かったです。先日お電話を頂いた時は、母さまの体調が崩れたとお聞きしてましたので」
『もう大丈夫よ。菜月は元気? 風邪ひいてない?』
「俺は相変わらずですよ。姉さまはどうです? 兄さまとお元気でやっていますか?」
『ええ元気よ』
菜月は良かったとばかりに笑みを零す。
受話器越しに聞こえてくる姉の声に安堵していると、受話器から「もう八年ね」と言葉が聞こえた。八年前に自分は家を飛び出し、この屋敷にやって来た。
流れる月日ってホント早いなぁ。菜月は不思議な気持ちを抱く。
『ねえ菜月。螺月とも話してたんだけど……一度、こっちに帰って来れない?』
「え?」
『忙しいのは分かるけど、八年も会ってないのよ。私達』
菜月は一瞬なんと言えば良いか分からず、言葉が詰まってしまう。
しかし思考をフルスピードに動かし、菜月は直ぐ言葉を返す。
「執事は年中無休ですから、なかなか仕事の目処が立たないんです。会いたい気持ちはあるんですが」
『無理して仕事を続けなくて良いのよ』
「いやでも」
『こっちの生活も、だいぶん兆しが見えてきたし。母上、淋しがってるわ。家族一緒に暮らしたいって言ってるし。あ、私や螺月もそう思ってるの。執事の仕事キツイだろうし………考えてみて頂戴、菜月』
「―――……そう、ですね」
曖昧に返事を返し、菜月は失笑した。
今、姉がどのような表情を浮かべているか分からないように、自分がどのような表情を浮かべているか姉には分からないだろう。
それが酷く安心感を生んだ。
電話を終えた菜月は速足で仕事に戻る。
主人が待っているであろう主人の寝室にノックをして入ると、主人がベッドに寝そべってファッション雑誌を眺めていた。
今日の予定を全てキャンセルした為に暇なのだろう。
暇ならば予定の一つでもこなしてもらいたいものだ。軽く溜息をつき菜月は扉を閉めた。菜月が入ってきても雑誌に目を落としている主人は、雑誌に夢中のようだ。顔を上げようともしない。
さてどうしたものか。
少しは令嬢としての嗜みを心得てもらわなければ。
説教でもしようかと考えていると、主人が話し掛けてきた。
「かーぞくに電話してたの?」
菜月は目を丸くしたが、直ぐに肯定の返事を返す。
すると主人は顔を上げてきた。
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