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新人メイドは、まだ何も知らない。


  

 ―――自分の主人は我儘で気まぐれだ。

 
 人の注意も碌に聞かず、直ぐに何処かフラフラと姿を消してしまう。
 今もそう。ピアノのレッスンが迫っているというのに部屋から抜け出して逃亡中。少し目を放した隙に起こす主人の行動の数々に、菜月は溜息を一つ零す。

 どうして自分の主人は人の言うことを聞かないのだろうか。
 何年もの付き合いだから、嫌というほど主人の起こす行動に慣れてはいるものの溜息をつかずにはいられない。


 速足で主人の足を運びそうな場所を探す。


 大抵、主人が部屋を抜け出した場合、足を運びそうな場所は二つに絞られる。
 一つは街。自分が財閥の令嬢だということも忘れ、勝手に屋敷を飛び出しショッピングを楽しんでいる。街中で主人を見つけた場合、買った荷物を運ばされたりするものだから堪ったものではない。


 どうか街には行ってませんように。

 
 菜月は心の底から願い、可能性の高いもう一つの場所へと足を運ぶ。
 途中、菜月は新人メイドのあかりと手毬に会う。2人は血相を変えて主人が部屋から逃亡したことを菜月に告げてきた。


「菜月先輩、またお嬢様がッ! どうしよう…っ、どうしよう。お嬢様の身に何かあったら」
「今、必死に探しているんですけど。菜月くん、見かけませんでした?」

「俺も今探し中だよ。2人とも正門から来たんだよね? その時、お嬢様の姿を見かけた?」

「いえ…私達は見かけてませんけど」
「だったら街には行ってないな。となれば、あそこしかない」

 
 確信を得た菜月は速足で歩き出す。急に歩き出した菜月の後を2人も追った。
 菜月が向かったのは屋敷の敷地内に庭園。沢山の花々と木々が植えてあり、噴泉や石造りのベンチが設置されている。屋敷が誇る立派な庭園だ。
 庭園に足を踏み入れると等間隔に植えられている色とりどりの季節花が挨拶代わりに視界に飛び込んでくる。
 
 速足で庭園を進んでいく菜月は、ある大きな木の前で立ち止まった。
 後を追い駆けていた2人も木の前で立ち止まる。木を見上げる菜月を見習って2人も視線を上げる。


 木の上には捜し求めていた人物が呑気に林檎を齧っていた。


 呆れたように息を吐いて菜月は軽く咳払いする。


「いばらお嬢様。何をしていらっしゃるのですか?」


 主人は視線をこちらに向けてきた。


「ンー? あ、もうー見つけた? はやーい。まだ林檎食べ終わってなーいんだけど」

「ピアノのレッスンのお時間が押し迫っているのです。降りてきて下さい。そのようなところに居られてはこちらが困ります。お怪我でもなされたら、どうするおつもりなのですか」


 菜月の言葉に小さく笑みを返すだけで主人は降りてくる気配が無い。熟した林檎を齧り音を奏でている。
 また一つ息を吐き、菜月は仕方が無さそうに懐からスケジュール帳を取り出した。
 
「ピアノのレッスン。キャンセルにしておきます。それで宜しいですか?」
「その後のフランス語と礼儀作法も。というか今日の予定、全部キャンセル」
「我儘を言わないで下さい。必ずお一つは受けてもらいます」


「じゃー降りなーい。此処にずーっといる」

 



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あきゅろす。
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