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君はそう、今も爪先立ち。


 
 * *
 

 逃走中の末弟は直ぐに見つかった。

 思い詰めたように遠くの景色を眺めている末弟は、重々しい溜息をついて手摺に寄り掛かっている。
 大体、嫌なことや辛いこと、暇な時には西大聖堂の屋上に向かうのだ。我が末弟は。
 茫然としている末弟に、螺月は頭部を掻きながら手摺に寄り掛かっている菜月に歩み寄る。右隣に並ぶと頭を軽く小突いて、何をしているのか聞いた。
 突然現われた兄の存在にも、それほど驚くことなく「見つかりましたね」と曖昧に笑って見せた。

「こんなに早く見つかると思いませんでしたよ」
「テメェはワンパターンだからな」
「逃亡場所を変えないといけませんね。逃亡することがあったらの話ですけど」
「逃げるようなことするんじゃねえよ。ったく…テメェ、最近、仕事どうなんだ?」
「仕事ですか? まあまあです」


 覇気の無い声で返答がする。

 まあまあ、というわけではなさそうだ。


「テメェのことなんざ何でもお見通しだ。正直吐いた方が後が楽だぞ。じゃねえと」
「じゃねえと?」
「私が一日中、纏わりついちゃうわ」
「うわっ! びっくりしました!」
 
 姉の存在には気付かなかったのか、菜月は声を上げた。柚蘭は笑いながら菜月の左隣に並ぶ。

「螺月って酷いのよ。私を置いてさっさと行っちゃうんだから」
「テメェな…先に行けっつったのは、誰だ?」
「うふふっ、私だったかも」

 笑いながら手摺に肘を付いて、柚蘭は外の景色を眺める。
 いつも見ている風景が、此処にくるとガラッと変わる。見ている目線が高くなるだけでこんなにも世界が違って見えるのか。楽しいわね、柚蘭が微笑んでくる為、菜月は拍子抜けしていた。


 2人揃ってお小言を言いに来たと思っていたらしい。

 「叱られてぇのかよ」螺月は茶化しながら、頬杖をついて景色を眺める。



「仕事上手くいってねぇのか?」



 問いに菜月は首を横に振った。
 上手くいっていないわけではないらしい。称号天使に昇格して多忙な毎日を過ごしていると、菜月は語る。

「ただ兄さまと姉さまの弟なせいか、回される仕事量が半端無くて」

 2人の実績は鬼夜の中でも広く知れ渡っている。
 有能な兄姉の弟だから何でもこなせるだろう。確かに仕事をこなせないわけじゃない。やれることはやれる。ただ自分の時間が必要以上に削られてしまう。
 周囲に期待されて困っていると、菜月は苦笑い。
 
 



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