009
「“感謝する気持ちを忘れていた愚かな僕に待っていたのは、果てない虚しさでした。聖の罰を目の前にして、僕は今までの人生を振り返ってみました。するとどうでしょう。恵まれた環境さえ不幸だと罵って、感謝という気持ちを握り潰していたのです”」
菜月はページを捲った。
「“僕は知ってしまったのです。善しと思っていた行いが全て間違いだということもあるのだと。罪とは必ず後から気付くものだと。思い返してみましょう。僕の善しと思っていたことを。思い返してみましょう。僕の犯した行いを”」
また1ページを捲る。
「“嗚呼、愚かな僕の行為は悪魔や魔物以下。僕は13の過ちを犯しました。僕は聖の罰を受ける前に13の償いをしなければならない。でなければ罰を受けても、ただの逃げという名の欺瞞(ぎまん)なのですから―――”」
菜月は本を開いたまま、窓に目を向ける。
自分も感謝と言う気持ちを忘れていた愚者なのではないだろうか。これからもっと良い子にすれば、この物語の主人公のようにならず済むのだろうか。
けれど一つ分からない。
悪魔や魔物は愚か、という文面。彼等は愚かな生き物なのだろうか。
そういえば、兄はどうしているだろう。姉はああ言ってくれたけれど嫌われたかもしれない。
そういえば、せくしーときゅーと。あれ、結局どういう意味なのだろう。
そういえば、今日の夕飯なんだろうか。あ、今、窓の向こうで小鳥さんが見えたような。もう日が暮れちゃったな。
考えているうちにシッチャかメッチャかになってしまった。
訳が分からなくなり始め、菜月はどうして訳が分からなくなったのか考え始める。それがまた考えているうちに訳が分からなくなり菜月は妙に人恋しくなり始めた。
今日も父母は遅いらしい。2人に会いたい。でも自分には兄姉がいる。我が儘を思ってはいけない。兄姉はもっと我慢しているのだから。
けれど…やっぱり淋しい。
父母に会ったのはいつだっただろう。
いつも目が覚めればいなくて。帰ってくる時間帯には自分は寝ていて。
「俺が寝ないように頑張ればいいんだけど。絶対絶対、寝ちゃうし。どーやって寝ないように…あ、そっかぁ!」
菜月は本を閉じて机に放り投げると、カーテンを閉め明かりを消すと布団に潜り込む。今から寝てしまえば良いのだ。そうすれば真夜中に目が覚めて父母に会える。これは我が儘の類に入らないだろう。
しかし菜月はしまったとばかりにベッドから跳ね起きる。
「お夕食やお風呂は一日我慢するとしても、歯磨きをしていないのは我慢できません!」
慌てて部屋を出ると、菜月は猛スピードで洗面所に向かい綺麗に歯を磨く。
そして台所で夕食を作っている柚蘭に言った。
「ねーさま! おやすみなさい! 俺、寝ます!」
「…へ?」
何を言っているんだとばかりに振り返る姉。「お夕食はいりません!」菜月は敬礼すると急いで自室へ向かう。
廊下を走っていると途中、喧嘩中の兄に出くわす。
謝りたいこと等々あるのだが、取り敢えず、まずやらなければならないのは寝ること。思い立ったら即行動。これはとても重要。その為、姉と同じように菜月は挨拶。
「にーさま! おやすみなさい! 俺、寝ます!」
「…あ?」
間の抜けた声を出す兄に菜月は、「お夕食はいりません!」と敬礼をして自室へ向かう。
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