006
家に帰ると菜月は部屋に鞄を置いて一目散に中庭へ向かう。
理由は花に水をやるため。菜月の日課となっている仕事だ。
如雨露を持って中庭に向かう菜月に微笑しながら、柚蘭も後を追う。たっぷりと水を入れた如雨露をそーっと運び、菜月は花に水をやり始めた。
「みーずーおいしーのですかー♪ お味はないのですよー♪」また謎の自作の歌を歌っているが、菜月は実に楽しそうだった。柚蘭が隣に並ぶと、綺麗な花が咲いているのは自分のおかげとばかりに自慢げに菜月がはにかんでくる。
水が無くなったのか、如雨露から水が出なくなる。
菜月は如雨露をひっくり返して中身を確認していた。
「カラッポになっちゃいました」わざわざ柚蘭に報告すると、もう一度水を汲みに水溜場に向かった。
途中見事に足が縺れてコケたが、コケるのはいつものこと。菜月は素早く立ち上がり砂を払って水溜場に向かっていた。またたっぷりと水を汲んでそーっと如雨露を運び、花に水をやり始める。
毎度毎度どうしてコケるのやら。
微苦笑して柚蘭は頃合いを見計らい、菜月に怪我したところを診せるように言う。
菜月は空になった如雨露を地面に置いて柚蘭に膝を見せる。軽い擦り傷が出来ている程度のようだ。菜月はコケたことを理由に笑顔で柚蘭に手を伸ばした。
「ねーさま。だっこして下さい」
「うふふっ、だっこね。菜月頑張ったものね」
「えへへー。がんばりましたー」
自慢げに笑う菜月に可笑しさを感じながら、柚蘭は菜月の体を持ち上げ地面に転がっている如雨露を元置いてあった場所に戻す。
「ねーさま、お腹へりました」
「戻ったらおやつが用意してあるから一緒に食べましょう。きっと螺月が用意してくれてるわ。あ、でも手は洗いましょうね」
「どーして手を洗うんですか?」
「バイキンさんがいるからよ。菜月、お腹痛くなってもイイの?」
「い、痛いのヤです。にーさまに叩かれるくらいヤです……にーさまに叩かれるほうがヤかもしれません」
「あら? どうして?」
菜月は兄がいないことを確認して声を窄める。
「にーさま。ちからいっぱい叩くんですもん」
「じゃあ、やめてって言ったらいいわ。そしたら螺月も叩かないようにすることは不可能だけど、きっと手加減してくれるわ」
「…前に叩き返したら『兄貴に手を出すなんざイイ度胸だな』って、メチャクチャ怒られちゃいました。にーさま、実は俺のことおキライなんでしょーか?」
「そんなことないわ。螺月、菜月のこと毎日心配しているくらいだし」
「でも、ねーさまは叩きませんよー…?」
「私がお姉さんだから叩けないのよ」
「そんなの不公平です…暴力振る人って短気な人が多いそうです。にーさま、短気なお人なんですね」
顔を顰める菜月は人差し指を立てて「内緒ですよ」と柚蘭に言った。
今度こそ柚蘭は吹き出し笑い声を上げた。笑われたことに菜月は脹れるが、柚蘭は内緒だと背中を叩き、機嫌を取りながら家の中に入った。
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