005
しっかり両手の手を握り、菜月は歩きながら道の表面を飽きもせず眺めている。
時々転がっている小石を蹴り、遠くに飛ばしては面白いとばかりに笑みを浮かべる。何が面白いのか分からないが、きっと幼き好奇心を擽られているのだろう。2人はそう思った。
「こーいーしーさんーどこまでーころがるーのーですーかー♪ どーこーまでもーですよー♪ あらーそうなんですかー♪ こーろころー♪」
しかし…流石に末弟自作の謎の歌は理解できなかった。
ご機嫌で歌うを歌う菜月に柚蘭は今日は何をしたのか訊ねる。
歌うのを止め菜月は即答で書物の間で本を読んでいた。そして本を借りた、と答える。
「『数学魔術』とですね、『聖界哲学入門』とですね、『聖の罰と13の償い』とですね、『動物さんのあったかいお話』をかりたんです」
「沢山借りたのね。でも」
「最後の本以外、テメェの年で読むものじゃねえだろ。『聖の罰と13の償い』って、あれ…教科書に載ってるメチャ暗ぇ話だったよーなー」
「帰ったら早速読むつもりなんです。あ、でも…護身術の……れんしゅーしないと…」
護身術を練習してこいって先生に言われたんです。俺だけ。菜月は脹れる。
末弟は頭を使うことが得意な分、どうも体を動かすことが苦手なようで初歩の初歩の武術でさえ“ど”が付くほど下手糞。
身近にいる分、どれだけ下手糞か想像が付いてしまい武術を教えている先生には同情してしまう。
「どーして武術しなきゃダメなんですかー? オモシロくないです」
「聖界を守るには強くならなきゃダメだろうが。四天守護家が弱かったら元も子もないだろ? 付き合ってやるから練習しろよ」
「おべんきょーだけじゃダメなんですか?」
「いざっていう時は体を張るから、やっぱり武術は必要なのよ。菜月」
「そっかぁ。弱かったら、イヤーンなオトナから、ねーさまを守ることデキませんもんね! 俺、頑張ります! にーさまのように強くなります!」
満面の笑顔を作る菜月。
空いている手で額に手を当てる螺月と、笑顔を貼り付かせて固まる柚蘭。
だからその言の葉たち、何処で覚えてきた?
「螺月。変な単語教えちゃダメよ」
「俺じゃねえよ俺じゃ。普段からそういう言葉、覚えさせないよう努力してるっつーのにッ」
「あーあ。やっぱり練習したくないなー……体動かすの、キライです」
菜月は「うんどーキライです。ダイキライです」と唇を尖らせて小石を蹴る。
体を動かすことや運動がダイキライだと言い切った末弟に螺月は溜息をついた。柚蘭は微苦笑。
「誰に似たのかしら。運動嫌いな性格」
「俺でもテメェでも母上でもねぇだろ。ってことは、親父ッ、あいつ頭良いし……けど俺は親父の性格なんかに似させねぇぞ。ぜってー似させねぇぞ。親父二号にでもなってみろッ、俺は泣く。あああっ、想像するだけで、む、胸糞ワリィ! ぜってーさせるか! 殴ってでも阻止してやる!」
「螺月、良いお兄ちゃんになったわね」
「大体、勉強バッカで部屋に閉じ篭もった生活を送らせてみろ。将来、引き篭もり天使になっちまうだろ! 引き篭もったばっかりに仁那月達のようなひん曲がった性格になるかもしれねぇ。想像するだけでッ、後で無理やりでも外に連れ出して体を動かさせる! 護身術の練習させる!」
「螺月…良いお兄ちゃんになったわね」
「不遜な奴等は近付けさせねぇ。俺は兄貴としてこいつを真っ当な道に進ませる!」
「螺月……過保護って言葉知ってるかしら?」
弟が生まれて兄らしいことをしたいのは分かるけれど、少しばかり過保護だと柚蘭は溜息をつく。
こんなことで螺月の将来、菜月の将来、大丈夫かしら。なんて思う自分も、弟達に対して過保護なのかもしれない。
(過保護…こういうのって、ブラコンっていうのかしら)
柚蘭は複雑な心境を抱いた。
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