004
「馬鹿、髪の色なんざ関係ねぇよ」
「ッ……でもぉ……ねーさまっ、だぁっで一緒…お、おれ、チガウッ」
「前も似たようなことで泣いてやがったろ。何でそうやってテメェは真に受けるんだろうな」
「だって……だってー……」
「んじゃ。テメェは俺のこと兄貴だと思ってねぇのか?俺は黒髪じゃねえぞ?」
その問いに菜月は首を横に振った。
「関係ねぇよ」ポンポンと頭を軽く叩いてやり螺月が繰り返し言ってやれば、漸く落ち着きを取り戻し始めたようだ。吃逆を漏らしながら袖で涙を拭っている。もう涙は止まりかけているようだ。
洟を啜り菜月が目を擦りながら、思い出したように螺月に聞く。
「にーさま。ねーさまは?」
「教室見に行ったんだがいなかった。まだこっちに来てねぇのか?」
「きてません」
「ま、そのうち来るだろッ、あーあー。テメェ顔汚れちまってるじゃねぇか」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔を見て螺月は溜息。鞄からハンカチを取り出し、しゃがんで菜月の顔を拭いてやる。
「むうぅー」奇声を上げる菜月は拭かれながら、姉の安否を心配する。
「ねーさま、おひとりなのでしょーか? だいじょーぶでしょーか?」
「大丈夫だろ。直ぐ来る」
「でもにーさま。ねーさま…きゅーと、で、せくしーですから、わるーいオトナたちが狙っちゃいます! イヤーンなことされちゃいますよ! ねーさま、オヨメさんにいけなくなっちゃいます!」
ピシリと螺月が固まる。
おい、今なんて言った。キュートでセクシー? イヤーン? 菜月はまだ五つだぞ。俺、テメェにそんなふざけた単語教えた覚えねぇぞ。何でそんなふざけた言葉知ってやがる。
「美人さんはツミだそーです。にーさま。ねーさま、オツミな人ですね。美人さんですし」
「っ、なんでそうポンポンとテメェが知らなくてもイイ単語が出てくるっ」
「それにしても、きゅーと、とか、せくしーとか、イヤーンとか、どういう意味ですか?」
嗚呼、テメェは意味も知らず使ってたのか。しかもそれを俺に聞くか。なんて答えるよ、俺。
っつーか誰だ、そんな不純な単語教えた奴! あいつ等(仁那月達)か? あいつ等なのか! やっぱさっきぶっ飛ばすべきだったっ、あのアホンダラどもがぁああ!
固まっている螺月に菜月は首を傾げていたが、見覚えのある顔が此方にやって来た為、菜月は駆け出し、そのまま飛びついた。
「ねーさま!」
柚蘭は小さな体を受け止める。
「お待たせ、菜月。あら? 泣いてたの? おめめ赤いわ」
「姉さま、髪の色がちがっても、俺、ねーさまの弟ですよね?」
突然の問いに内心戸惑いながらも、いつもの笑顔を作り当たり前じゃないと微笑む。すると嬉しそうに笑う。
そしてハッと思い出したように表情を曇らせた。
「ねーさま。今までおひとりだったんですよね? だいじょーぶでした? ねーさまは美人でオツミな人で、きゅーと、で、せくしーですから、わるーいオトナがイヤーンなことをしにやって来ませんでしたか?オヨメさんにまだいけます?」
「………何処でそんな単語覚えたのかしら?菜月」
例えどんな馬鹿げた質問でも、表情に出さず質問に答えられる自信がある。
しかし流石に今の質問には動揺という表情を出してしまった。柚蘭はゆっくりと螺月に視線を向ける。
その場にしゃがんでいる螺月は、ハンカチを握り締め青筋を立てながら「あいつ等、余計なことを教えやがってッ」と憤っていた。
何があったかは分からないが大幅の予想はつく為、柚蘭は敢えて何も聞かなかった。
「ねーさま、だいじょーぶでしたか?」
「勿論大丈夫よ。ちょっと先生のところに行ってただけだから」
「なら良かったです! オヨメさんにいけなかったら、たーいへんですもんね! けど俺、せくしーとか、イヤーンとか、よく分かんないんです。どういう意味ですか?」
「さあ。私にも分からないわ。初めて聞く言葉ね」
「ねーさまにも分からないことがあるのですか? ねーさま、物知りでしょう?」
「私にだって分からない言葉があるわ。螺月も知らないんじゃないかしら。でもきっと私たちには知らなくてイイ単語よ」
フーンと菜月は納得している。
そんな菜月に帰ろうかと言えば、手を繋ぎたいと強請ってきた。
柚蘭は手を繋いでやり、まだ固まっている螺月に声を掛ける。我に返った螺月は立ち上がり此方にやって来た。螺月にも手を伸ばし手を繋ぎたいと駄々を捏ねる菜月の願いを、螺月は仕方がないとばかりに聞いてやる。
やっと満面の笑顔を作り菜月は「かえりましょー」と歩き出す。
末弟に引っ張られながら、2人は西大聖堂を後にした。
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