黒髪末弟
* *
―――今日一日の勉強に終わりを告げる透き通った鐘の音が聞こえ、子供達は一斉に身支度を始める。
螺月も他の子供達同様、机に置いている教科書やノート、それに羽ペンにインクを片っ端から鞄に入れていた。綺麗に鞄の中を整理した後、鞄を肩から斜めに掛ける。帰る準備は万端だ。
親友の朔月に声を掛け挨拶を交わすと、螺月は颯爽と教室を出た。
姉のいる教室を窺ってみると、探し求めている姉の姿がない。
もしかしたら、待ち合わせしている先に中庭に向かったのかもしれない。速足で螺月は中庭へと向かった。
中庭に出ると子供達が思い思いの時間を過ごしている。
友達と遊んでいる者、ベンチに座って勉強をしている者、鍛錬をしている者…姉の姿は見えない。しかし此処で待っているであろう幼い弟はいる筈。
姿を探していると真横からタックルされる。
不意打ちに少々よろめきながら、螺月が視線を落とせば黒髪が視界に映る。
腰に抱きつきギュッとローブを握ってくる姿に、淋しい思いをしたのだろうと微苦笑しながら螺月が頭を撫でた。
すると体を震わせ、嗚咽を漏らしながら弟が顔を上げてきた。泣いていることに螺月の方が驚いてしまった。
張り付いてくる弟を引き剥がし、膝を折って弟と視線を合わせる。
「どうした菜月。何で泣いてやがる?」
問いに菜月は大声で泣き始めてしまった。
辛抱強く何があったのか聞けば、途切れ途切れ言葉を発してくる。
「っ、うぇっ…に、に、にーざまぁ……お、お、おれ、にいざまどねーざまのっ、おとうと、チガウんですがぁあ」
「…はあ?」
「おどーどっ、チガウッ…うぅうう」
面食らった螺月は弟の言葉を理解しようと必死に思考を回す。
何度も自分達の本当の弟なのかと聞いてくる菜月を落ち着かせ、何でそんなことを言うのか努めて優しく訊ねる。
「らぁ、らぁってっ、髪の色ッ、同じじゃないと…きょーだいじゃないってッ、い、言われでっ! あ、あ、あぞごのっ、ひどだぢ」
「…そんなクダラネェこと俺の弟に吹き込んだのはッ、テメェ等かッ、あ?」
約5m先を見据える。
忍び足でその場から逃げようとしていたのは日頃から螺月と馬の骨が合わない仁那月と歩月(あゆづき)。
この2人が面白半分で余計なことを弟に吹き込み泣かせたようだ。
態度で自分達がやりました、と示してくる。
殺気を感じた仁那月と歩月は、恐る恐る螺月の方を振り返る。
そして蒼白な顔を作って歩月が「だから言っただろ!」と仁那月を責め立てる。
「あいつは螺月の弟だから泣かせるのはヤバイって! からかう範囲にしとこうって先に釘刺しただろ?! あいつ、弟に関しちゃメチャクチャ恐いんだぞ! お前も知ってるだろ…っ、柚蘭の弟でもあるのにお前…泣かせちまって」
「俺だけのせいじゃないだろ! 歩月! お前だって乗り気でッ、大体あんなことで泣くあいつが…っ、泣かせたくらいで怒るあいつも」
「俺も? 何だ?」
会話に入る螺月に、2人は誤魔化し笑いを浮かべてきた。
「ちょ、ちょ、ちょーっとブラコンっぽくねぇーかなー…みたいな。け、けど弟思いでイイと…思う…な? 歩月」
「いやぁ、俺もお前みたいな兄貴欲しいなー。ははは」
「別にブラコン言われようが何だろうが、俺は怒らねぇ。見逃してやる。だがな…」
凄まじい形相をつくり、関節を鳴らしながら一歩足を踏み出す。
「泣かせたことは見逃さねぇ。よくも俺の弟を泣かしやがったなッ…テメェ等、覚悟は出来てるか!」
弾かれたように2人は逃げ出した。
本当は追い駆けたかったが、ローブを握り締めグズグズと泣いている弟を置いて行けず脅しで終わってしまった。「明日覚えときやがれ」舌打ちをして、螺月は泣いている弟に目を落とす。
もう泣くなと言ってやれば、吃逆を漏らしながら涙を止めようと唇を噛み締めている。
袖で涙を拭きながら菜月が見上げてきた。そしてまたブワッと涙を溜める。どうやら自分の髪の色を見て涙が込み上げたようだ。
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