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013



 
 ―――…結局、菜月の身柄は継続して俺達が引き受けることになった。

 幸いなことに博学の天使が約束の七日間中は奇襲等々を仕掛けてこなかったんだ。
 
 奇襲してこなかったことを感謝するわけじゃねぇが(するかよ!)、七日間は何事もなくて良かった。郡是隊長はすこぶる不満そうな顔をしていたけど(個別に監視下に置きたかったらしい)、俺や柚蘭は家族とこれからも暮らせることに安堵の息だ。折角掴んだ家族の時間を崩したくはない。
 個人的に菜月自身の変化が楽しみだったりするんだ。あれほど俺達を拒絶していた菜月が、親父との一件で笑顔を見せるようになった。積極的に会話してくれるようになった。傍に居てくれることに嫌悪感を抱かなくなった。それが俺達の心の支えになっている。
 
「柚蘭」

「なあに?」

 風呂から上がった俺はタオルを頭からかぶったまま、キッチンテーブルに肘をつき、先に入浴を済ませている柚蘭に話し掛ける。
 キッチンテーブル上に鏡を置いて長い髪を梳いている姉貴に、「穏やかだな」話題を切り出す。主語はなかったけど察しのいい柚蘭は同調してくれた。毎日が楽しいわね、と目尻を下げてくる。まったくだ、俺は口角を緩めた。

「ぶつかってばっかだったからさ。こうして穏やかに毎日を過ごせるって楽しいな」

 「これを幸せって言うんじゃないかしら」柚蘭は長い髪を肩の後ろ靡かせて、早く頭を拭いたら? 風邪引くわよ、と一笑してくる。
 これくらいで風邪引くかよ、ガキ扱いされたことに膨れ面を作る俺に姉貴はクスクス。「私から見たら」貴方は子供よ、と揶揄されてしまう。ちぇっ、ガキ扱いしやがって。不機嫌になっていると、最後に風呂を入った菜月が赤小鬼を連れてリビングキッチンに入ってきた。

 いいお湯だったと頭にタオルを乗せたまま、どっかりと席に着く弟。
 雫が滴り落ちているその髪に気付くや否や、「バッカ」ちゃんと髪拭けって、風邪引くだろうが、注意を促した。これくらいで風邪は引かないと、どっかの誰かさんが吐いた台詞をまんま口にしてくる弟の頭をグーで殴り、俺は菜月に前を向かせるとタオルで髪を拭いてやる。
 
 アイデデデっ。
 悲鳴を上げる菜月は無視することにした。風邪を引かれちゃかなわない。

 そしたらどうだ。
 柚蘭が立ち上がって俺の背後に回ると、わっしゃわしゃと髪をタオルで拭き始めた。「な、なんだよ」俺の戸惑いに、「風邪を引かれたら困るから」拭いてあげるの、と柚蘭に笑われる。うっわ、居た堪れない羞恥心が出てくるぞ。この年で姉貴に髪を拭かれる俺って一体。
 振り返ってくる菜月が、「同じことされてる」笑声を上げた。次いで、小鬼が菜月の膝に飛び乗って『兄姉弟だっちゅーの!』皆、仲が良いと笑う。目を丸くする菜月はすぐ表情を崩し、じゃあカゲっぴも道連れだと小さなハンカチで小鬼を拭き始めた。


『くすぐったいっちゅーの』

「ほーら動かないの」

「こら、動くなっつーの。拭き辛いだろうが」

「ふふっ。螺月。貴方もあまり動かないでね」


 それは小さな小さな光景。

 でも俺達にとって幸せな光景に違いなかった。いつまでも続けばいいな、この心和む光景。菜月の言葉を借りるならあったけぇや。

「あ、そうだ。アイス作っていたんだ」

 後から皆で食べようね、菜月に一笑する俺達。弟は俺達を家族とはまだ言ってくれないけど、心境の変化があっていることは紛れもない事実。普通に接してくれる嬉しさ、素で笑ってくれる微笑ましさ、極々自然に過ごせる時間、どれも俺と柚蘭の幸せの糧になっている。それこそ監視なんて環境さえ忘れてしまうほど―――…。
 



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