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007


 
 
 はてさて、お忍びで菜月の部屋を訪問したことはあれど、正式に招き入れてもらったのはこれが初めてだったりする。


 そうなりゃやっぱ部屋を物色したくなるのが兄としての心情なんだが、勝手に触って廊下に放り出されたらヤだしな。 
 取り敢えず、ベッドに腰掛けておくことにする。机上には菜月が人間界から持ってきたであろう本やら道具が整列していた。目を凝らすと、写真のようなものが本の隣に寝転がっている。見てみたい気持ちはあったが、きっと人間界にいた頃の写真だろう。自分の不甲斐なさを思い知らされる気がしたから見ることはやめておいた。

 「腹減ったなぁ」話題が見つからないから、俺はどうでもいいことを口ずさんでみる。
 「螺月ってさ」何が好きなの、寝巻きの紐ベルトを縛りなおしていた菜月が自ら話題を切り出してきた。何が好き、これまた漠然とした質問だ。例えばどんな好きが聞きたいんだよ、質問返しをすると菜月が微苦笑を漏らした。

「普通、お腹減ったの後の何が好き? は、食べ物に決まってるでしょ? 螺月は甘いものが大好きだよね。珈琲に入れる砂糖の量、柚蘭よりも多いよ」

「にげぇの美味くねぇじゃんかよ。肉とかも好きなんだが、なっかなか食えねぇ代物だし。カツサンドとか好きなんだけど、ずいぶん食ってねぇな。んー、あれとか食いてぇかも。人間界で一度食ったことがあるんだが。食べると溶けるヤツ。風呂上りとかに食いたいとか思うんだが、なんだろう、あのデザートの名前」
 
 思い出せないと腕を組む俺に、「アイスでしょ」菜月がずばり言い当てた。
 それだそれ、俺は手を叩いてああいう甘い物を食べたいと贅沢を口にする。人間界の食事はマジで美味いんだよな。何を食べても絶品。デザートとか最高じゃねえか。俺のぼやきに、「アイスか」冷凍庫はあるから作れるね、今度作ってあげると菜月。
 そりゃ嬉しいと返した後で、チョー度肝を抜いたのは言うまででもない。だってあの菜月が作ってやるとか言うんだぞ? 雨か明日は?
 
 目を白黒にさせる俺に、「いや別に」作ってみようと思っただけで、と菜月はボソボソ声で伝えた。

『そういうこと言って。本当は喜ばせたいだけじゃないのー?』

 菜月の影から声が聞こえた。聖保安部隊に黙ってこっそり飼っている(?)小鬼の声だ。
 「ゲッ、カゲっぴ」表情を強張らせる菜月に、『実は仲良くしたかったりして!』とかなんとか茶々を入れたもんだから、弟の表情が見る見る赤面。反論がないってことはもしかして図星か? なにそれ、激嬉しいんだけど。

 「おい」声を掛けると、「オワタァア!」奇声を上げて菜月が毛布の中に逃げ込む。
 
 ふふーん? そうくるか。俺は笑って逃げた弟の防御シールドを引っぺがしてやった。
 簡単に丸腰になった菜月にプレスしてやると、「ギッ、ギブギブ!」ベッドマットを叩いて早々とギブアップ。弱いなぁてめぇ。プロレスごっこってのをやったことねぇな? ということで、もうちっとプロレス技を仕掛けてみる。背中に乗って足を捻ると菜月は悲鳴を上げて、「それはなし!」とギブアップを連呼。必死に負けを認める菜月につい笑っちまった。
 
 調子付いたから追い出されるかと思ったんだが、わりと菜月は気にしていないようで、寝る準備が整うとちゃんとベッドスペースをくれた。ランプの火を吹き消して菜月は壁側に、俺は窓側に寝転ぶ。狭いっちゃ狭いけど、まあ我慢することにする。弟の気遣いだ。毒言吐けるわけねぇ。
 しっかし眠気が襲ってこない。なんでだろう。菜月が隣にいるからか? 妙に頭が冴えている。まるで三人でリビングに寝たような、そんな落ち着いた気持ちが胸を占めている。まったく眠気が来ねぇ。

「なあ菜月」

 眠くないから菜月に声を掛けてみる。
 「なに?」即答してくるところからして、菜月も眠気を待っているみたいだった。寝返りを打って俺の方を見てくる菜月の眼は、ひたすら発言者の言葉を待っているよう。俺も寝返りを打って菜月の視線を受け止めると、「なんでもねぇや」苦笑いを零した。

 呼んではみたけど話題が見つからない。菜月も困ったように笑ってたっぷりと間を置くと、「こうして見てみるとさ」柚蘭と螺月は似てるよね、と話題を切り出してくる。




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