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006


 
 どうせ馬鹿だと不機嫌に返すと、菜月は久々に大笑いしたと涙を拭って、カセットテープを手に取る。

「これはカセット機がないと聴けないよ、螺月」
 
 ということはなんだ? やっぱあいつはガラクタを寄越しやがったのか?
 朔月のへらへらと笑う顔が脳裏に過ぎって、俺は知らず知らず握り拳を作る。青筋を立てながら、俺は心に誓った。あいつ、ぜってぇぶっ飛ばす!
 「でもなんで螺月がこれを?」聞かれて俺は親友から貰ったのだと素っ気無く返す。まさか菜月を喜ばせるために譲ってもらったなんざ、口が避けても言えるわけがない。言ったら最後、鼻で笑われちまいそう。現に今も嘲笑して…、いや嘲笑ではないかもしれねぇけど笑ってくれてるし。
 
「だけどまあ、これは一日二日じゃ汚れが落ちそうにないね。墨汁はなっかなか落ちないんだよ。毛布もベッドマットもシーツも、今日は使えそうにないし。とにかくローブは俺が洗っておくから脱いで」

 言われるがまま俺はその場でローブを脱いで、着替えを済ませる。
 汚れたローブを受け取った菜月は、「真っ白になるか分からないけど」でもなるべく努力するからと目じりを下げてきた。戸惑いながらも俺は相手にそうしてくれと頼む。親父の一件以降、菜月、ちっと性格が丸くなったような気がする。さっき大笑いしたのも素で笑っていたような。
 

 そして菜月の性格が丸くなったと確信したのは、その日の夜のこと。
 
 三人で夕飯を取っていると柚蘭が俺の失態を笑いながら(しつけぇな!)、「今夜はお部屋使えないんでしょ?」と意味深に尋ねてくる。菜月曰く、洗剤を撒くらしいから二、三日は使用しない方がいいらしい。じゃあ俺は何処で寝るのか? リビングで寝るしかねぇよな。柚蘭の部屋に邪魔するほど、俺も阿呆な弟じゃねえぞ。どこぞの馬鹿弟が姉貴の部屋で寝るんだよ。ベッド一台しかねぇのに。
 「でも毛布も駄目なんでしょ?」柚蘭は予備の毛布がないと困ったように笑う。タオルケットで代用するしかねぇじゃねえかよ。あーあ、今日は冷えないことを願うね。

 ふふっ、笑みを深める柚蘭の意図にその時の俺は気付かず、菜月が困ったように食事を進めていたのもこれまた気付かなかった。
  
 
 こうして失態話を笑われながら、俺はリビングで寝るという酷な現実に放り出されたわけなんだが(なんか俺、悪いことしたかよ!)。
 リビングで寝支度をしていた俺に菜月が声を掛けてきたことによって、その現実が霧散する。

「ねえ、俺の部屋で寝ない?」
 
 突然の申し出に俺は目を丸くしてしまった。
 持っていたタオルケットを落としそうになりながら、「菜月は何処に寝るんだよ」と返答する。勿論、自室で寝るつもりだと菜月は物言いたげに返し、「ほらあれだよ」三人仲良くリビングで寝たけど此処は床冷えするし、男同士なら気兼ねないだろうし、等などしどろもどろに説明。つまり一緒に寝ないかって聞かれているわけだ。
 螺月が嫌なら強制するつもりはないんだけどさ、なーんて汐らしく言う弟に俺は呆気取られる。けどすぐ返事した。「じゃあそうする」って。


 だって機会(チャンス)がめぐってきたような気がしたんだ。

 菜月からこうして俺に歩んでくれるって、そうはないこと。此処で熱でもあるのか? なんざ言ってみろ。機嫌を損ねて逃げちまうだろうよ。確かに熱があるのか? 大丈夫か? って言いたいとこだが、菜月が親身になって俺を心配してきてくれていると思えば、そんな言葉なんざ嚥下だ嚥下。
 

 甘んじて菜月の部屋にお邪魔させてもらう。
 野郎二人がシングルベッドに入るのか心配だったが(てか、菜月はヤじゃねえのか?)、菜月曰く大人二人でよくシングルベッドに寝ていたそうな。それって十中八九北風のことだろうが! 一緒に寝ていたのかよ! 悪態をつきたいところだったがグッと堪えた。
 
 ここで噛み付けば、また溝ができかねない。
 菜月とは溝を作りたくないんだ。親父の一件だって、俺等がすぐ親父の話を信じてやれば誘拐なんて事件が起きなかった。だから軽んじた発言はしたくない。特に菜月は魔界人のことをまだ想っている。蒸し返すような発言は控えておきたいんだ。

 ……どっかで俺は魔界人達に嫉妬しているのかもな。菜月に居心地の良い環境を作ってくれた魔界人達にさ。片隅のどこかで俺達じゃ無理なのか、自嘲しちまう。まあ、自業自得ではあるんだけどな。




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