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010


  
 
 その昔。


 ある男が、最愛の妹を亡くした。
 その男は妹が大好きだった。妹が笑ってくれるならどんなことでもする男だった。周りから馬鹿とも思われようとも。

 しかし、男の妹は病弱だった為に幼くしてこの世から去った。
 男は喪失感を覚えた。度々妹のもとに行こうとも思った。それほど妹を喪った悲しみが大きかった。


 ただ、そう思う度、妹は喜ぶだろうか? と思うようになった。


 そして男は気付く。
 自分は何処かで生に対し甘ったれた考えを抱いている、と。


「妹は生きたくても生きられなかった。それに比べ男はまだまだ生きられる道がある。だから男は意地でも生きてやることに決めた。妹の分まで。馬鹿みたいに生きてやると。これで昔話は終わりさ」

「……それ、貴方の話?」

「喪った気持ちは壮絶な痛みを伴う。それは分かる。だからと言って簡単に生を投げ出してはいけないのだよ。みずほくん。たぶん、残された者達はどんなに悲しみに暮れても、生き続けなければならない。周りを見渡すと、意外と何かが残っているものだよ」


 例えば何が?
 具体的には答えられない。でも残っているのだ。何か一つ、自分に生きろという何かが。


「……と、堅苦しいことを言っても仕方ないな! 僕等は今を生きているから、これからも生きなければいけない。ただそれだけだからな!」
 

 ネイリーは懐から真っ赤な薔薇を取り出すとみずほに投げ渡す。
 受け取ったみずほは目を白黒させてネイリーを見た。

「自己紹介がまだだったな。僕はネイリー・クリユンフ。世の美女が惚れ込むカッコイイ男さ!」
「ねいりー……さん?」
「また死にたいなんて思ったら、僕の名前を呼ぶといいさ! 僕はいつだって駆けつけて、いつだってデートするぞ? 今日のように」
 
 死ぬことが恐いと思うぐらい楽しいデートをしてやるさ。
 犬歯を光らせ、ネイリーが前髪を弄くる。
 

 この人、カッコイイのか馬鹿なのか分からない。


 みずほが途方に暮れていると、ネイリーが「家まで送るから」とみずほを立たせる。みずほはネイリーの手を見た。引っ掻き傷が生々しい。自分が傷付けたのだと思うと少しだけ申し訳なくなった。

「おや? またそんな顔をする」
「え?」
「僕は先程言ったではないか。君にそんな顔は似合わない、と」
「だったら、どんな顔が」
「勿論、笑顔さ。フフン、女性の笑顔は何よりも美しい。君も同じさ」
「キャッ!」
 
 ネイリーはみずほを横抱きにして出発しようと犬歯を光らせた。
 死ぬほど恥ずかしい格好はヤメて欲しいみずほが言うものの、ネイリーは恥ずかしがるなと笑い歩き出した。


 日はもう沈みかけていた。





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