04-09
「まだ冷蔵庫には食材残ってますし、買い置きは沢山あったんです。でもですね、朝目が覚めたら風花さんがいなくて。出て行ったんだなぁー…って分かったんですけど風花さん、お金持って無さそうですし、朝食も食べて行かなかった」
きっとどこかで上手くやっていけるんだろうなぁ、俺なんかが心配しなくてもいいんだろうなぁ。
そう思ってたんですけど、どうしても気になっちゃって。
夕暮れ時に雨が降ると天気予報でいってましたし、せめて傘を渡せれば良かったなんて思って。
もしかしたら付近を歩いてるかもしれない。買い物ついでに外をブラついてみようって思ったんです。
会えなかったら諦めるつもりでしたけど、もしも会えたら傘、渡そうって。
「せめて濡れないようにして下さい。濡れると、寂しい気持ちが増しちゃいますから」
「はい、これ」少年は風花の手を掴み、傘の柄を握らせてくる。ついでにコンビニで買ったパン類を風花に押し付け、菜月は立ち上がった。
「それ、あげますから」
微笑むと風花に背を向け降り頻る冷たい雨の中を歩き始める。
呆然と背を見送っていた風花だが柄をギュッと握り締め、素早く立ち上がると少年に向かって叫んだ。
「なんであたしが寂しいって分かるわけ! ねえ、なんで!」
抱いている気持ちに気付かれ、風花は焦燥感に苛まれていた。たった四日過ごしただけの相手に何故、気付かれてしまったのだろうか。
振り返って来る少年は「だって」と肩を竦め、おどけ口調で風花の顔を指差した。
「そう顔に書いてあります。風花さんって顔に出やすいんです。初めて貴方を目にした時も、寂しいって顔に書いてありました」
だから声を掛けてしまったのかもしれません、少年は歩みを再開する。返答に風花は面食らってしまった。
そして悔しいような擽ったいような気持ちを抱いた。
何だよあいつ、何なんだよあいつ。たった四日で人の心に気付いちまって。
余計なお節介バッカしてくるし、傘押し付けてくるし、何だよ。純粋に心配してくれた気持ちも、気に掛けてくれたことも、自分の気持ちに気付いてくれたことも、こんなにも…他人の優しさが嬉しい。
風花は弾かれたように駆け出し、公園を出た少年の腕を掴んで傘に入れた。
「うわぁあ?!」つんのめる少年の体を強く引き、転倒を回避させてやると風花は早口で尋ねた。
「菜月の家、行ってもいい? あたし、行っても邪魔にならない?」
少年は自分をポカンと見上げていたが、初めて名前を呼ばれたと顔を綻ばせる。
「俺の言い方が間違っていたようです。風花さん、帰りましょうか」
「家に置いて…くれるわけ?」
「行くあて無いんでしょ? ベッド余ってますし、風花さんのやりたいことが見つかるまでどうぞ居て下さい。それに風花さんって何だか、放っておけないんですよね」
「危なっかしいといいますか、何と言いますか」子供扱いしてくる菜月にそんなことないと文句を言いながら、風花はヒシヒシと感じていた。
完全に人間に−落ちた−と。
もういい。最弱種族だとか人間だとか、そんなちっぽけなこと。
意地になって気持ちを否定することは、もう止めだ。
勘違い、戸惑い、錯覚、それでもいい。
自分は人間に恋をした。人間の少年に恋したのだ。自分の気持ちに一目で気付いてくれた、素の自分を常に見てくれる少年に。
認めよう。人間に惚れた、その現実を。
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