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01-03



目の前に淹れ立ての紅茶と、美味しそうな焼き菓子が並べられる。鼻腔を擽る甘い香りが食欲を誘われた。


我ながら図太い神経の持ち主だと思う。

このような状況に置かれているというのに。


あかりは冷汗を流しながら、チラッと視線を上げる。

そこにはスティックシュガーを勢いよく紅茶に注いでいる女と、自分の話を今か今かと待っている少年の姿が。

視線を戻し、掴んでいるスカートを握りなおす。


嗚呼、大ピンチとはこのことだ。
 
 
(まさか、こうこうこんな“理由”で店に入りました。なんて今さら言えないしなぁ。こんなに、もてなされているのに)
 

取り敢えず、気持ちを静めようと部屋を見渡してみる。

部屋自体はとても落ち着いた空間を保っている。差し込む暖かな日差しが部屋全体に行き渡るよう、壁紙は真っ白。同じ色のレースカーテンが窓に付けられている。目前のテーブルクロスは若葉色、優しい色がテーブルの表面を覆っている。

自分が緊張していると気付いたのか(本当は緊張ではなく焦っているのだが)、少年がお茶を勧めてきた。

あかりは会釈して紅茶にシュガーを入れると、匙で軽く掻き回し、手に取って口元に運ぶ。安心する味がした。

肩の力が自然と抜け、ホッと息をつく。
 

そんな自分の表情の変化を見ていた少年は、「まずは自己紹介からかな」話を切り出してきた。

 
「俺は鬼夜菜月(おにやなつき)と申します。菜月、と呼ばれて結構ですので」


彼は本当に年下だろうか。

そう思うほど、彼の挨拶は慇懃(いんぎん)だった。


「あたし、林道風花(りんどうふうか)。風花でいいから」

「風花と呼んで下さい。でしょう?」


「くださーい」

 
対照的に女の挨拶は雑だった。接待は苦手なのだろう。

紅茶をソーサーに置くと、力任せに袋を破いて焼き菓子を頬張り始める。

外見からは想像できないほど、彼女は大雑把で子供っぽい性格の持ち主なのだろう。
 
少年、菜月は彼女の態度に呆れ息を吐く。

「それお客さん用」

いいじゃんとばかりに鼻を鳴らしてお菓子を口に放り込む女、風花は気にする素振りをまったく見せない。ほんとに子供だ。

風花の態度にあかりは苦笑いを浮かべていたが、ふと彼女の名に疑問を抱き「日本の方なのですか?」と尋ねてしまう。動きを止める風花に、あかりは慌てて謝罪を述べた。

 
「すみません。お名前とお顔が合わないと言いますか、あ、変な意味じゃないんですよ! ただ、その、外国の方かと思いまして」

「べつに怒っちゃないよ。えーっとあれ。あたし、日本人じゃないんだ。半分なんだよねぇ。半分」

「はい?」


思わず聞き返す。
“半分”とは何? 目を点にしていると、素早く菜月が話に割って入る。
 

「風花はハーフなんですよ。イギリス人と日本人のハーフ。だからちょっと言葉の使い方がおかしくて。気にしないで下さい」
 
 
「よくありますよね。日本語って難しいですから」菜月は右頬を人差し指でしきりに掻きながら、早口で説明してくれた。

あかりは納得した。彼女はハーフと言いたかったのか。

しかし風花の方は納得していないようで、むむっ…と眉間に縦皺を作る。
 
「あたし、間違っちゃないし! それにあんた、前はイギリス人じゃなくフランス人って」

「へ? 前はフランス人?」


「風花の血統は複雑なんです。彼女の祖父母はフランスの方だそうで。それより、貴方のお名前は?」
 

どことなく話を逸らされた気がする。
まあいいか、気にしても仕方が無いし。あかりは自己紹介をした。
 
「本条あかりと言います。あかりでいいです」

「あかり、さんか。見たところあかりさんは学生のようですけど」

「はい。今年の春から高校に上がりました」


「そうですか、あかりさんは今、高1なんですね。えっと、それでご依頼のお話なのですが、もしかして年頃の悩みでしょうか。男がいると話しにくいご依頼なら俺は席を外しますが」
 

依頼の話に、紅茶を啜っていたあかりは顔を強張らせる。

引き攣り笑いを浮かべながら、「そういう依頼ではないので」と菜月に此処にいるよう言った。

正直、風花と二人きりにされる方が気まずい。そっとあかりは風花を一瞥。見事に青い瞳とかち合う。
こちらの心を詮索するような鋭い眼差しに、あかりはカップに目を落とした。
  
 
言えない。

店に入った理由が“迷子になったから道を尋ねに”なんて、今さら、言えない。



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あきゅろす。
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