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09-17


 

「天使に翻弄されたままでいいの? よーく考えることだねぇ。菜月」
 
 
 いばらは艶かしく笑い、肩を叩いてバルディッシュを仕舞うと踵返した。離れて行く彼女のゆらゆら靡く腰辺りまで伸びた長い髪を見つめながら、菜月は考えた。
 考え考えかんがえ、そして答えを見つけた。
 
 「嗚呼、そうか」うわ言を呟き、菜月は肩に掛けていた鞄を地に落として弓矢を召喚した。
 あいつ等の言うことなんて聞かなくても良いではないか。何でこんな簡単なことに悩んでいたのだろう。聖界に戻るとか戻らないとか、四天守護家の掟とか、魔界人と聖界人の繋がりがどうたらこうたら。どうして悩んでいたのだろう。

 弓矢を握り締め、菜月は晴れ晴れと兄姉に目を向け、歪んだ笑顔を見せた。驚愕する兄姉にせせら笑う。
  
 
「ふふっ…、風花との噂を消すような、もっと強い出来事を起こせばいいんだ。例えばそう聖界の大罪の一つ。尊属殺とか、ね」
 

 魔界人の罪から逃れるくらいなら、尊属殺人を起こして罪を被った方がいい。聖界で生活したって生き地獄を見るだけだ。なんて名案なんだろう。風花との噂も消せる上に憎き肉親をこの手で葬る。一石二鳥ではないか!
 大体、何故人間の自分が四天守護家に振り回されなければいけない? 従わなければいけない? 散々蔑視しておいて、こういう時だけ一族扱い。傍迷惑もいいところだ。
 
 兄姉もそう、散々除け者扱いしておいて今更家族扱い。
 
「あんた達はあの日、“あいつ”に捨てられる俺を平然と見ていた。それ以前に弟なんて認めていなかった。今もそう、あんた達は俺を弟扱いする振りをして聖界に連れ戻したら部屋に閉じ込めるつもりなんだろ? 面倒事を一切なくすために」
「ちげぇ! 菜月、俺達は」
 
「煩い! あんた達は“あいつ”と自分達のために行動を起こしているだけなんだろ! 家族だなんて、誰が信じられる?! ……こっちがどんなに努力しても“あいつ”に愛されなかった。どんなに努力しても周囲に認められなかった俺の気持ちなんか分かるもんか!」
  
 一変して表情に憎悪を滲ませる菜月は弓矢を握り締める。
 刹那、弓矢は臙脂色に光り始めた。光は菜月の体を包み込み始める。臙脂色の光は菜月の背に大きな翼を与えた。その翼は兄姉と同じ天使のもの、しかし色は悪魔の翼と同じ黒色。数枚の黒色の羽根がひらひらと宙に舞い上がる。
 
 
「俺の武器の異名は“月”。そしてもう一つ、異例子にピッタリな“罪人”。罪人は俺に一定時、天使の力を与える。皮肉だね、天使になれなった人間に天使の力が与えられるなんて」
  
  
 一歩足を前に出す菜月に、螺月は舌打ちをし柚蘭に下がっているように言った。相手は自分がすると槍を構える。
 「でも」柚蘭は止めるが、菜月は本気で自分達を殺しに掛かると螺月は目を細めた。だったらその本気、こちらも本気で受け止める。憎悪を受け止める、その役を自分が買って出ると螺月は姉に告げた。
 
「簡単に連れて帰れるとは思ってなかったしな。柚蘭、てめぇは手を出さないでくれ」
「螺月…」
 

「あいつが信じられない気持ち、すげぇ分かる。それ相応のことを俺達はした。大切なことに気付いた時には何もかもが遅かった。後悔した。何度も懺悔した。リセットしたいと強く思った。けどそんなの無理な話。あいつはもう、俺達と家族なんざ見てねぇ。……そんでも俺は、あいつの兄貴でありたい。もう一度、兄貴って呼ばれるその日まで俺は幾らでも報いを受ける。柚蘭、譲ってくれ。この役目」
  

 振り向いてくる螺月には決意が表れている。柚蘭は胸が詰まりそうな思いを抱きながら、怪我だけはしないで、また末弟にも怪我だけは負わせないでと約束させた。「努力はする」螺月は正面を向いた。
 憎悪を滲ませている末弟にどうしようもない罪悪感と焦燥感が襲ってきたが、どんなに憎まれてようとも螺月は末弟を連れて帰るつもりだった。
 

「来い、菜月。てめぇが信じられなくとも、俺はてめぇを弟として連れて帰る。てめぇに大罪を負わせるつもりもねぇ」

「煩いっ…兄貴面するなッ、弟扱いするな―――ッ!」


 夜空いっぱいに怒声が響き渡った。それは嫌悪と憎悪の入り乱れた、哀しき声だった。




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あきゅろす。
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