09-04 「菜月。俺等は召使とか、そういうのが欲しいわけじゃねえんだ。てめぇは思っちゃねぇだろうが家族として、俺等は迎えに来ている。だからその服従ってのはやめろ」 「じゃあ、命令には絶対に従います」 「一緒だろうが!」 「……お願いしますご主人様?」 「なんで疑問系だよ! やめろやめろ! 誰がご主人様だっ、居た堪れなくなるだろうが!」 「どんなご奉仕をすれば許してくださ「わざだろそうだろ! その嫌がらせはわざとだろ!」 螺月のツッコミにこっそりと舌打ちしつつ、菜月は風花に教えてもらった日々の知識を全力で思い出し、兄姉に畳み掛ける。 風花はなんと言えば相手が絶対に許してくれると教えてくれたっけ? 確か…、メイドさんの台詞を教えてもらったんだよね。 メイドさんはご主人様に対し、これを言えば絶対許してくれると言っていたような。 メイドの話だけど試してみる価値はあるので。 「我が儘を言ったお仕置きは何でも承ります。お好きなようになさって下さいまし」 シーン。 兄姉は見事に硬直した。 「あれ?」許してもらえないどころかフリーズさせた。何がいけなかったのだろう? 腕を組む菜月を余所に、「おまっ」ど、何処でそんな台詞を覚えた! なんでそんな不埒な台詞を知ってるんだよ! 螺月が血相を変える。 実は螺月、相当のブラコン、否、過保護ゆえ、今の台詞はショックで堪らない。 だって弟が変な台詞を覚えてきたのだから! 「やっぱあの悪魔だろ! そうだろ! 変な台詞覚えやがって!」 「我が儘を言ったお仕置きは何でも承ります。お好きなようになさって下さいまし」 「繰り返すんじゃねえ! 泣くぞ、俺は泣くぞ!」 「我が儘を言ったお仕置きは何で「嫌がらせはやめやがれ―――ッ!」 「嫌がらせじゃない」れっきとしたお願いなんだけど。 真顔で訴える菜月だが、「お前はいつから」フシダラで嫌味なキャラに成り下がったんだ、とツッコまれ螺月の目は誤魔化されず悪態をつかれる。 一方で柚蘭はやや驚いた面持ちを作っていた。 「菜月がこんな一面を見せるなんて」末子がこんなに人らしい一面を。 瞠目していた柚蘭は表情を緩め、憂い帯びた笑みを浮かべると三十分で支度をするよう強要する。 一刻も早く人間界を発ちたい、菜月に告げる柚蘭は面会は許可できないと再三再四告げた。 このことが上に知れたらそれこそ自分たちの起こした行動がパァになってしまう。 ただし手紙のやり取りだけは許可しよう。柚蘭は目元を和らげ、菜月に一つの選択肢を与えた。 「多くても三回まで。それ以上のコンタクトは許さないわ。貴方達の立場を尊重して手紙の件は許可します。どう? 菜月」 「手紙……」 「最大の譲歩案よ。これ以上の我が儘は許されないと思って。手紙が嫌なら、即刻で連れて帰るだけよ」 柚蘭の強い眼差しに射抜かれ、菜月は分かったと頷いた。それで我慢すると返事し、ベッドから下りた。 「手紙は向こうで書くよ」 その手紙をこの店に運んでくれるよう願い申し出る菜月は三十分で荷造りをすると言い、一階で待ってて欲しいと頼む。必要最小限の荷物しか持つ予定がないため、手助けも何も要らない。 そう告げる菜月に柚蘭は承諾を示し、螺月を呼んで寝室を出ようと促した。 螺月はイマイチ釈然としない態度を取ったものの、肯定の返事をして腰を上げる。 三十分経ったら呼びに来ると言ってくる姉に、菜月はそっと疑問を口にした。 「どうして放っておかなかったの?」と。 「俺をこんな形で庇ったところであんた達に何のメリットがあるの? 放っておけば良かったのに。まあ、俺の噂のせいで“また”一族から陰口を叩かれるからに決まってるだろうけど」 すると間髪容れずに姉が答えた。 「もう二度と弟を失いたくないから。そう言っても菜月は信じてくれないでしょうね」 弟? 笑わせてくれる言葉だ。 自分達の間に家族なんて繋がりがまだあるとでも思っているのだろうか? 先ほど茶をぶちまけた水溜りを跨ぎ、そっと窓辺に立った菜月は「異例子に家族はいない」家族と呼んでくれた血縁者はもういないのだと吐き捨てる。 「四年前。じいさまの葬儀を境にあんた達は俺を家族と言い始めた。それまで絶縁状態だったのにも関わらず。何があんた達をそうさせているのか、俺には分からない。あんた達が魔界人と繋がった俺を理解できないように。昔も今も俺達は理解できない関係にあるようだね。種族の違いからかな?」 「―――…それでも今は貴方を家族だと言うの。欺瞞(ぎまん)だとしても、貴方は私達の弟なのよ」 言葉を残し、天使達が部屋を出て行く。 本当に欺瞞だと菜月は目を細めた。 窓硝子に手を沿え、今更だと苦言する。あの天使たちと家族になりたい、そんな気持ちを抱いていた幼少期は既に去ってしまった。すべてが今更なのだ。 「いつもこうです。じいさま」 感情を吐き出すように息を出し、菜月は目を伏せる。 「どんなに努力して築き上げても最後は崩れる。望んだ人と一緒にいられないんですっ。どうしていつもこうなるんでしょうね、じいさま。一緒にいたい、望みはそれだけなのに。じいさまとも、風花とも、あいつとも……、一緒にはいられなかった」 ただ人並みに幸せになりたかっただけなのに、いつも失敗に終わる。 せめてもう一度だけ声が聞きたいな、風花の声。もう一度だけ。どうにかして声を聞けないだろうか? ジッと息を潜むように目を閉じて考える。 そしてふと脳裏に過ぎった。 声を聞く方法がひとつだけあるじゃないか。 手紙ではない、別の手段でコンタクトを取る方法がひとつだけ。菜月はそっと目を開けた。その瞳には微かな光が宿っていた。 「柚蘭。なんで手紙の許可をしたんだ?」 同時刻。 一階に下り立った螺月はカウンターに着きながら姉に真意を尋ねている最中だった。 いくら手紙でも魔界人とコンタクトを取っていることには変わりない。螺月としては金輪際、魔界人達と弟の関係を断ち切りたかった。 「けじめをつけさせたかったのよ」 柚蘭の説明にもあまり納得いかず、本当は別の意図があったのではないかと詰問する。 すると観念したかのように姉は肩を竦めた。 「あまりにも菜月が人らしくなったから」同情したのかもしれない、柚蘭は一笑を零す。 「随分感情豊かな子になったと思わない? 同居していたあの頃、じじ上が亡くなったあの頃と比較すると…、よく感情を表に出す子になったと思うわ。今いる菜月の環境がそうさせているのかもしれない」 「だから、認めたのか?」 「同情したのよ。今言ったでしょ。菜月が聖界に帰れば、どんな目に遭うか……、当事者じゃない私たちでも分かることよ。可哀想といえば可哀想かもしれない。此処にいれば菜月は差別されずに済むのだから」 途端に螺月が烈火のごとく反論した。 「それでもっ、それでもだ! 菜月は聖界人だ。四天守護家のっ、鬼夜族で、俺達の弟だ。魔界人と繋がっちゃなんねぇんだよ! ……手前がどんな仕打ちをしてるのか理解はしている。けど、俺は処罰される菜月を見たくない。ぜってぇに」 「……螺月」 「異例子の兄貴だって言い続けてやる。化け物と称されたあいつの兄貴なんだって、周囲に自慢してやるんだ。柚蘭、俺はいつかまた、菜月に兄貴と呼ばれる日を夢見るんだよ。いつかまた兄貴って」 そのためにも魔界人の繋がりは許せないのだ。 窮地に追い込むであろうあの悪魔の存在自身が、どうしても。 [*前へ][次へ#] [戻る] |