09-20 「俺は望んでいた。てめぇが消えることを、異例子が消滅することを、ずっとずっと望んでいた。化け物だって思った日もあった。弟じゃねえって思い続けていた。けどな…間違ってたのは俺達だったんだ。どんなにてめぇが人間でも、てめぇには俺達と同じ心があって」 聞きたくない、菜月は耳を塞いだ。構わず螺月は言葉を続ける。 「俺や柚蘭と同じ血が流れてる。そりゃ変えられない事実。てめぇが化け物なら俺達だってそうなんだよ。菜月、てめぇは誰が何と言おうと」 「言うな…言うな言うないうな!」 耳を塞いだにも関わらず声が聞こえてくる。声を張り上げるが、無常にも声は聞こえる。 「俺達の大切な弟なんだよ」 「煩いッ、煩いッ、うるさい―――ッ!」 悲しく咆哮する少年し、兄に行き場のない苛立ちをぶつけに走った。 「聞いてくれ菜月!」螺月の言葉を掻き消すように、菜月は手中に光を集めては兄に投げつける。螺月は菜月の繰り出す攻撃を避けることしかできなかった。反撃する気など、どうしてもなれなかったのだ。憎悪にまみれた表情の中に悲しみを滲ませている弟を見ると、どうしても。 距離が出れば矢を放ち、距離が縮まれば光の玉を。繰り返し繰り返し肉親に向かって攻撃する菜月を呆然と見守っていた風花は、ジェラールの言葉を思い出していた。 『風花、痛みを知るということは相手の負の面も知ることになるの。負の面を知って、菜月を好きでいられる自信。ある?』 ジェラールの言っていた言葉はこういうことだったのか。 負の面を知って菜月を好きでいられるか? 自問自答しながら、兄に攻撃を繰り返す菜月を見守る。剥き出しの殺意を兄にぶつける菜月。それは今まで知らなかった好きな人の顔。三年間、一度も自分に見せなかったひとつの素の顔。 畏怖や戸惑い、躊躇いが入り混じる。彼の一面を目の当たりにして途方に暮れる。彼にどうしてやればいいのだろう、何をしてあげられる―? 「さあて、そろそろ御暇しよー。デモン」 『もういいんですか? いばら姐』 イチョウの木から店の屋根に飛び移るいばらに、デモンは最後まで見ていかないのかと訊ねる。 十二分に人の不幸と最愛の人の憎悪を見れて満足だといばらは微笑した。この調子なら聖界にはきっと帰らないだろう、連れても帰れないだろう。予想する漆黒の悪魔はニンマリと口角をつり上げた。 やっぱりあの闇にまみれた魂は自分にしか理解できない。そして自分を理解できるのは誰よりもあの少年なのだ。いつか交じり合う日を夢見ながら、いばらは上機嫌に闇夜へと消えていった。 漆黒の悪魔とそのペットの姿が消えたなど、誰も気付きはしなかった。 「菜月! 話を聞いてくれっ!」 「煩いっ…、うるさい!」 何度も話を聞いてくれるよう頼んでくる兄に矢を放つが、それは地面に突き刺さるだけで標的には当たらない。 舌打ちを鳴らす菜月は苛立ちを募らせていた。抜群の身体能力を持つ兄に自分の攻撃などなかなか当たらないことは百も承知しているが、避けられる度に言いようのない殺意が増す。 反撃する気配がなくとも、当たらない攻撃に苛立ち、菜月はターゲットを変更した。方向転換した先は近くにいた姉。「しまった」螺月は柚蘭に逃げるよう叫んだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |