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08-12



 一層相手の眼光が鋭くなるが、風花きっぱりと言うのだ。別れない、と。
 盛大な舌打ちを鳴らす天使は忌々しそうに風花を睨んだ後、「てめぇと菜月じゃ続かねぇよ」と悪態交じりに吐き捨てた。

「なにせ、菜月は聖界の人間。掟により、一切魔界人と繋がりを持っちゃなんねぇ。特に菜月は四天守護家の鬼夜族。特に魔界人と持っちゃなんねぇ。持てば最悪、掟を破ったってことで罰が科せられる。それだけ聖界人は厳しい掟に縛られてるんだ」

「そういうわりには、菜月を人間界に置いているくせに」
「何も知らない悪魔がほざくんじゃねえ」

 螺月が怒声を張った。
 触れてほしくないところを触れたようで、「お前に何が分かる」と苦々しく舌打ちをする。

「菜月は俺にとって、たったひとりの弟だ。誰がどう言おうと、それこそ、こいつがなんと言おうとな。化け物と呼ばれた弟と運命を共にする覚悟だ。こいつを守るためだったらなんだってやる」

 菜月が化け物と呼ばれている理由も分からないが、螺月の弟に対する入れ込みもすさまじい。
 言葉通り、弟を守るためならば何だってする覚悟の眼をしている。
 恨まれても良い。罵声を浴びせられようと、なんだろうと、連れて帰る。たったひとりの弟を連れて帰る、と繰り返す螺月は本気で菜月を聖界に連れて帰るらしく、弟の腕を引いて歩き出す。
 逸早く血相を変えたのは菜月だった。
 
「放せ螺月っ、俺が帰るわけないだろっ! 俺は人間なんだ! あんた達とは違うんだ! 悪魔と一緒にしようが何しようが関係ないだろ、俺は聖界人から見たら価値さえもない人間っ……帰る場所なんてないじゃないかっ、俺は聖界にとって、ただのクズなんだから―――ッ!」

 拘束されている勢いよく手を振り払い、両耳を塞ぎ、咆哮する少年。それはまるで悲鳴そのものだった。
 帰らない帰らないかえらない。俺は人間、天使は関係ない、聖界の掟なんて知らない。何も知らない関係ない。
 喚き声を上げる菜月はあからさま取り乱している。

「菜月! 落ち着け!」

 風花の呼び掛けにも少年は無反応。体を微動させて、帰らないを連呼している。
 すると螺月が座り込もうとしている菜月の腕を再び掴み、手を強め、少年を無理やり立たせる。そして現実逃避しようとする相手の両肩に手を置き、「帰るんだよ!」と怒声を張った。  

「菜月、てめぇは分かってた筈だ。魔界人と繋がる罪の重さを。天使と不倶戴天の悪魔とずっと一緒にいられるなんざ、夢物語だってこと、心の片隅で分かってた筈だろうが!それともまさか自分が人間だからって聖界に情報が入らないとでも思ってるのか? 噂立ってるんだぞ、鬼夜の中で」

「……うわ。さ?」
 
 動きを止める少年に天使は世話が焼けると肩を落とす。

「鬼夜の人間が悪魔と付き合い始めた。店を経営している。今、鬼夜の中じゃこの噂で持ちきりだ。その様子じゃ派手な行動を起こさない限り、絶対にばれないとでも思ってたみてぇだが。馬鹿が! 四天守護家の情報を舐めてるんじゃねえぞ!」 

「嘘だ……」

 菜月は青褪めているが、螺月は本当だと溜息をついた。

「今ならまだ噂を消せる」

 声のトーンを押さえ天使は帰ろうと、今度は優しく言う。
 
「このまま悪魔と一緒にいてみろ。てめぇだけじゃねえ、悪魔も危険な目に遭うんぞ。四天守護家は魔界人に容赦ねぇ。四天守護家の天使は許可が無くとも魔界人の殺生を許されている。いいのか? あの悪魔が殺されても。聖界は些細な繋がりも見逃さねぇ、確実に悪魔は抹殺対象になる」
  
 菜月はぎこちなく風花に視線を送る。
 こちらを静かに見守っている銀の悪魔が抹殺の対象になる。
 いや、自分の安易な考えで今までずっと風花を危険な目に遭わそうとしていた。死と隣り合わせの生活をさせていたのかもしれない。もしかしたら今、こうやって話している間にも抹消の対象に決まっているのかもしれない。 

 分かってはいた。四天守護家の脅威は分かっていた。
 でも今まで、居心地が良くて生活を捨てきれずにいた。それが間違いだったのだ。暗いくらい考えが胸を占める。
もしも自分がおとなしく聖界に帰れば、抹殺対象は消えてくれるのだろうか。噂は消えてくれるだろうか。

「悪魔のことを大切に想うなら、すぐに俺と帰ろう。菜月」
 
 風花のことを大切に想うなら……菜月に迷いが出始める。
 当然聖界には帰りたくない。だが、自分の我が儘で知らず知らず彼女を危険な立ち位置に追いやっていたのだから、帰るべきなのかもしれない。
 風花の傍を離れたくないし、店だって続けていきたい。

 でも彼女の命と我が儘、天秤に掛けたら、勿論前者が大切で。

 冷静を取り戻しつつある菜月は軽く目を伏せ、息を詰める。
 
「帰れば……噂……消えるかな」

 菜月は自問自答する。
 その独り言を聞き逃さず、「今なら間に合うから」螺月が一気に畳み掛けた。
 
「てめぇと悪魔で四天守護家に逆らったって無駄な足掻きだろうが。知ってるだろ、四天守護家の力を。向こうにとっては虫に刺された程度なんだぞ。これからも悪魔に危険な立場にいさせるつもりか? そりゃてめぇのご都合ってもんじゃねえのか?」

「それは……」
「てめぇだって掟を破ったことになるんだ。厳しい処罰が待ってるんだぞ。まだ間に合う、悪魔と決別して聖界に戻ろう」

 聖界に帰る。
 菜月は聖界を思い出し、自分の意思とは関係なしに体が震えた。
 聖界に帰れば何が待ち受けているか、菜月は知っている。だからこそ体が無意識に震えるのだ。

 そんな菜月の様子に天使は間を置いて口を開く。

「聖界に帰ることがてめぇにとってどんなに辛いか、分かってるつもりだ」

 随分辛い目にも遭わせてきた。菜月に、随分当たってきた。
 辛辣な暴言も飛ばしてきたし、いつも弟を除け者にしてきた。
 だから菜月を人間界に置くような形になってしまった。とても後悔している。螺月は語る。
 
「今度はもう、てめぇにあんな思いさせねぇ。ひとりにさせねぇ。俺も柚蘭(ゆらん)もてめぇが戻って来ることを望んでる。人間だから、そう周囲がてめぇを差別したって俺等は差別しねぇ。人間だろうと、てめぇは俺等の大事な弟。向こうに戻ったら肩身の狭い思いさせっかもしんねぇ。けど帰る場所も居場所も俺等が作ってやる。てめぇは向こうに戻ってもひとりじゃねえよ」

 天使の説得に熱が篭る。
 自分の靴の爪先を見つめながら菜月は思案していた。
 正直、自分が戻って来ることを望まれているいないはどうでも良かった。

 だが風花に危害が及ぶのは嫌で堪らない。
 いつかはばれるかもしれないと思っていたが、まさか、こんなに早いとは。この動揺は隠し切れない。人間であれど、四天守護家の脅威は知っている。
 だからこそ選ぶ選択肢など一つしかない。分かってはいる、いるのだ、だけど。

 嗚呼、信用しても良いのだろうか。
  
「螺月……俺が、本当に俺が帰れば、噂は」

「消える。ぜってぇ消える。まだ間に合うんだよ。手遅れになる前に予防線を張っておけば、ぜってぇこの危機は免れる。手遅れになってもいいのか? 良くねぇだろ? 帰ろう、菜月。聖界に」

 そっと視線を持ち上げて兄を見つめる。
 事態を察しさせる強い眼光に射抜かれ、菜月は口を開いた。が、その前に、風花が喝破してくる。

「菜月―――ッ! あんた、帰るなんてほざいたら今すぐ焼きいれるからね!」

 これにより、菜月の気持ちは板ばさみになった。
 帰りたくない、悪魔の傍にいたい、でも傷付けたくない。どうすればいいか分からない。わからない。




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あきゅろす。
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