07-12 「ジェラールから逃げるなんて。ネイリーの、て・れ・や」 嗚呼、照れてると思っているのか。あれを。 ネイリーもポジティブだがジェラールも大概ポジティブな性格の持ち主だ。 ジェラールは風花に視線を送り、「求愛されたのん」と質問してくる。風花は不機嫌そうに肯定の返事を送った。一方的に求愛されたのだと。自分のせいでは無いと付け足して。 「でもネイリーは優しいでしょん? 彼の優しさには光るものがあると思うわぁ」 「光ってるのは歯じゃない? いっつも牙が光ってるし」 「ネイリーは本当に優しいのよん。馬鹿してみんなを笑わせて、本人は大真面目なんだけどねぇー。妹、フィンランディアのために何でもしてあげようとしたわ」 病弱な妹のために、学校に終えると真っ直ぐ家に帰っては妹と相手。自分の時間をすべて妹に捧げていた。 学校帰りには薔薇を1本買って妹を喜ばせようとしていた。勉強がしたいと妹が言えば、熱心に教えてあげていたし。絵本が読みたいと妹が言えば、絵本を読んであげたりもしていたし。外に遊びに行きたいと妹が言えば、親に内緒でこっそりと外に連れ出していた。 周囲にシスコンと呼ばれるほど、彼は本当に妹思いだった。 前向きでいつも大真面目なことをしても、馬鹿して人を笑わせて。妹もそんなネイリーが大好きだった。 「自分のせいでネイリーの時間が割かれてる。フィアは時々そう思っていたけれど、ネイリーは自分がしたいから、の理由で彼女を悲しませないようにしていた。きっとこの薔薇園もフィアのため。自分の夢だと言っていたけれど、大半は妹のため。フィアを喪った彼の一年は荒んでいたような気がするわ。表向きは前向きで何も変わらないんだけどねん。フィアの死を、なかなか受けられなかった」 受け入れた素振りばかり見せて、周囲を心配させないようにしていたネイリーの横顔は今にも消えそうだった。 誰に頼ることも、縋ることもなく、妹の死と何度も向かい合い自分の中で感情を噛み殺す。それは親友にでさえ、大っぴろげには見せなかった哀しき感情。笑うあの時の痛々しさといったら。 ジェラールは泣きそうな苦しそうな失笑を漏らす。 「人って本当に悲しみに打ちひしがれたら泣けないものだと思うの。フィアが亡くなったあの日から、ジェラールが知っている限り、彼は」 「泣いたことが無い…んですか? どうして」 「泣くことを忘れたのかもねん。ネイリーってそういった面では自分のことには疎いから。自分でも気付いていないのよん」 誰かが気付かせてあげなきゃねん、ジェラールは肩を竦めた。 二人は静かに聞いていたが、風花がそっと口を開く。何故、その話を自分達にしてくれたのだと。 するとジェラールはさも当然の如く言う。「貴方達なら良いと思ったから」 「ネイリーの表情で分かるのん。貴方達に心から気を許してるって。きっとそれだけの人達なんだって、ジェラールは思ったわぁ。良いお友達なんだってジェラールは信じてる。菜月という子もねん」 あれほど殺伐な空気を作っていたにも関わらず、彼…彼女は菜月を認めた。 口先だけだと思ったのだが表情を窺うと嘘偽りない笑みを浮かべていた。彼女は心の底から認めているのだ。 では何故、あんな空気を作ったのだろうか。 こちらが尋ねる前にジェラールが動いた。「愛しのネイリーを探さないと」地を蹴って大きく前に出る。キャロット色のツインテールが波打った。 「あ。そうそう」 ジェラールは振り返り、悪魔に向かってこう告げる。 「風花は種族に対して嫌悪していない。ジェラールはそれが嬉しいわぁ。その気持ちを大切にしてねん。これから先も」 「それはどういう…あ、ちょっと!」 颯爽と薔薇達の中へ姿を消すジェラールに風花は何なんだよ、と悪態を付いた。 どういう意味だったのだろうか。含みのある台詞だったが。真意が見えないジェラールに吐息をつく。それでも一つ分かったこと、ジェラールは悪い人ではないということだ。 「もーワッケわかんない!」 風花は苛立ちを口にし、ジェラールの後を追い駆け始めた。徹底的に意味を追求してやる! 「あ、待って下さいよ!」突然駆け出した悪魔にあかりも慌てて後を追った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |