06-17 「悪魔のあたしと友達になりたい奴、そんじょそこらにはいないよ。物好きな小娘だよ、あんたは」 「風花さん…」 「んー…べつに、仕事に連れてってもいいんだ。あんたのことさっきは邪魔とか言ったけど、邪魔になったこともないし思ったこともないし。あ、最初は思ったかもしれないけど。 ただねぇ、あんたは人間。あたしは悪魔。怪我した時の程度も具合も違う。一つ覚えていて欲しいんだ。あたしと一緒にいると、あんたの思った以上に酷い目に遭うって」 「だったらぁ…それ以上に楽しい目に遭えばいいじゃないですかッ。遭わせてあげますよ、いっぱい」 「ぷははっ、あんた。ほんと変わってる。マジ変な子だよ、あんたはさぁ」 久しぶりに向けられた自分へのやわらかな笑声とあたたかな空気に、あかりは我慢できずポロポロと大粒の涙を零した。 それは今まで募りに募っていた不安だとか辛さだとか、そういった感情が具体化されたものだと思った。 止まることの知らない感情を流していると、「ごめんなぁ」と小さな小さな声で悪魔は謝罪してきてくれた。 「風花さんのばあかぁ」 悪態を付くと、なりふり構わず風花に抱きつき泣き声を上げた。頭上から困ったような笑いが聞こえ、「ごめんごめん」悪魔は何度も謝罪し抱きしめてくれた。 あたたかな抱擁にまた涙が誘われ、顔を埋めて一頻り嗚咽を漏らす。 だからあかりは知らなかった。 風花が薄っすらと涙目になっていたことを、それを気丈に堪えていることを、あかりは知る由もなかった。 ―――…くらっと足元がよろめき、菜月は軽く頭を横に振った。飛び込んでくるのは並べられたお菓子たち。 グルッと周囲を見渡し、此処はコンビニだなと状況を把握する。元に戻ったんだ、手の平を何度も握っては開き、感触を確かめていると背後からポンポンと肩を叩かれる。 振り返れば吸血鬼が微笑していた。 外に出ようか、指で合図され菜月は彼と共にコンビニを出る。 近くの駐車場まで足を運ぶと、小鬼ぃズが嬉しそうにポテトチップスを頬張っている。 「いやぁ苦労した」ネイリーは参ったとばかりに笑声を漏らす。 「術を解除してくれるよう頼んでも、なかなか聞いてくれなくてな。まあ、今の状況じゃ金棒探しは無理だと彼等も分かってはいたみたいだ。沢山のお菓子を買い与えることで妥協してくれたよ」 「でもグッドタイミングでした。ネイリーさん。きっと彼女達も上手くいってると思います」 「そうか。あかりくんもだが、君の姿をしていたフロイラインも、相当気に病んでいたみたいだったからな。表に出そうとはしなかったが、落ち込み方が半端ではなかった」 やはり女性は笑顔でないとな。吸血鬼は前髪を弄くりながら言う。それに引きながらも菜月は同調した。彼女達の笑顔が曇る、それはこちらの気まで滅入ってしまうから。 「風花は種族のことをかなりネックにしていますから。あんな態度しか取れなかったんだと思います」 「君も、だろ?」 「え?」 「顔に書いてるぞ。君は意外と顔に出やすい」 指摘され、菜月は決まり悪そうに頬を掻いた。 「顔に出さない自信はあるんですけど」声を窄めてくる少年に、吸血鬼は目で笑った。 「自分では分からないものさ。己の表情など。だから他人に教えてもらうものなんだ」 「敵いませんね、ネイリーさんには」 「なあ、菜月。種族とは何だろうな? 吸血鬼であれ悪魔であれ人間であれ、同じような姿をしている。二足歩行する生き物さ。なにがどう、違うのだろうな? 魔法が使える使えない。翼があるない。それだけの違いだというのに」 「さあ、俺が知りたいくらいです。種族という区別を誰が作ってしまったのか」 「そうだな。悲しいことに区別が悲劇を呼ぶこともある。だが喜劇を呼ぶこともある。例えば両者、種族という一つ壁を乗り越えれば“理解”というものが必ず生まれる。互いを尊重できることもできるのだと僕は思うな。君達のように。違うかね?」 本当にキザな吸血鬼には敵わない。 菜月は小さく頷き、天を仰いだ。青々としている空の下で、風花とあかりは一つ種族という壁を乗り越えようとしている。抱えていた風花の不安をあかりが知ることによって“理解”というものが生まれる。 それが風花にとってまた一つ、かけがえのないものになれば良いと心から願う。 また一つ、自分という世界を抜け出す契機になれば良いと心から願う。 自分に捕らわれている世界なんてツマラナイにも程があるから。 『なあー、金棒探しはどうするんだー?』 『カゲっぴ達の金棒ー!』 小鬼ぃズの抗議にネイリーと顔を合わせ、微苦笑した。 仲直りしているであろう彼女達の分まで金棒探しに専念するとしますか。 「食べ終わったら探しに行くぞ」 「でもゆっくり食べていいからね」 影鬼の子達にそう告げれば、満足気に彼等は頷き、仲良くチョコレートを頬張った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |