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06-14


 
「あそこの木の下でね。三年前、風花は雨宿りしてたんだ」

「菜月くんの家を飛び出して…、街を彷徨って、公園に来たら通り雨に降られた時の話ですか」

 
「そう。風花は俺の家を飛び出して、あそこで雨宿りしてた。まるで手負いの獣だったよ、あの時の風花は。俺が近付いても、警戒心をちっとも解いてくれない。風花はきっと怯えてたんだろうね、優しくされることに。風花ってそんな人なんだ。あかりさん」
 

 きっと風花は何処かであかりさんに怯えていたんだよ。

 あかりさんの真っ直ぐな優しさと明るさに、風花はどうすればいいか分からなかったんだ。

 悪魔に臆せず、自分の性格に臆せず、自分の作った心の垣根をどんどん壊してくるあかりさんに途方に暮れて、でもすっごく嬉しくってしょうがなくって。それを表になかなか出せなくて。

 本当はあかりさんのこと、大好きなのにね。
 どうしようもない不器用さんなんだ。風花って。
 
 あ、今、嘘だと思ったでしょ?

 ふふっ、あかりさんのこと大好きなんだよ、風花。

 食卓にあかりさんの話題が出てくることも少なくない。「あかりって結構物知りでさぁ」とか、「今日あかりとこんな話を―…」とかあかりさんの話題が結構俺達の間で飛び交いしている。

 あかりさんと会話している時の風花は、俺と話す以上に生き生きしている。

 ほら、やっぱり男の俺じゃ女の風花のすべてを分かってあげられないからさ。
 あかりさんは人を惹きつけるような和ませるような不思議な空気が出ているしね、余計楽しいんじゃないかな。あかりさんと話すこと。


「一度ね、風花はこんなことを俺に聞いたことがあるんだ。『妹ってどんな感じなのかなぁ。あかりみたいな感じなのかなぁ』って」
  

 あかりは瞠目した。
 それは少しならず、風花が自分を好意的に思ってくれていたということだろうか。

 ネイリーの言ってくれたように自分を妹のような存在だと見てくれていたのだろうか。

 つい先程、喧嘩したばかりだ。信じられない気持ちで満たされる。


 と。


 菜月がそっとあかりの右手を握ってきた。

 驚愕する自分に彼は綻ぶ。目前にあるのは悪魔の顔。
 しかし彼がどのように綻んでいるのか、容易に想像できた。両手で包み込むように自分の右手を握り、菜月は問い掛ける。「風花のこと、好きかな?」と。

 突拍子もない質問にあかりは呆けた。彼は言葉を続ける。「風花はあかりさんのこと、大好きなんだ」と。
 
「風花にとってあかりさんは人間界で初めてできた女友達だから、あかりさんのことすっごく大事にしたいと思ってるんだ。だからさっきみたいに嫌われる行動取っちゃったんだ」
 
「どう、してですか?」


「あかりさん、風花はね。悪魔なんだ。俺達とは違う種族なんだ」

 
 違う種族。とても重く圧し掛かってくる。

 そういえば風花は自分と違う種族だっけ。頭の片隅ではちゃんと分かっていたけれど、共に過ごしているとそんなちっぽけなこと、忘れてしまっていた。
 でも違うからなんだ。関係ないではないか。顔を合わせて会話を飛び交わせているのだから。
 
 あかりの言葉にやや笑みを曇らせ、菜月は目を伏せる。
 

「人間はね…、弱いんだ。悪魔や吸血鬼、鬼よりもずっとずっと、弱い。俺達人間のことを“最弱種族”と魔聖界人は呼んでいる。魔法なんか使えないし、彼等よりも遥かに脆い。いばらさんの一件であかりさんは怪我を負ったでしょう? あれでね、風花、酷く気に病んで」
 

 誰よりもいばらの性格を知っていたのに、自分がいながらあかりに怪我を負わせてしまった。しかも足。あかりは陸上部に所属しているのに。下手すりゃ走れない体になってたかもしれない。

 風花はずっと気に病み、自責していたという。

 あかりは思い出していた。あの日、風花が駐車場で放った言の葉を。

 あの日、彼女は自分の怪我の具合をみて“何でも屋”と関わらない方がいいんじゃないか、と告げてきた。あの時は何を言ってるんだ、怪我は自己責任だ、と軽くあしらったが、自分が思っていた以上に風花は気に病んでいたのだ。

「落ち込んじゃってね、風花」

 菜月はそっと目を開けて、自分を見つめてきた。
  
 
「風花は思ったんだ。自分と関われば、これからもあかりさんに怪我を負わせる。最悪、命の危機に曝される。あかりさんは自分と違って普通の女の子。人間界の生活を大切にして欲しい。どうすれば、あかりさんを元の生活に戻せるのか。自分と出逢う前の生活に戻せるのか。風花は考えた。ちょっとやそっとじゃあかりさんは店に顔を出してくるだろう。来るなと言っても遊びに来るだろう。
だったらいっそのこと、嫌われてしまえばいいんだって」
  
 
 再び視界が揺れた。

 今度は感情が切ない雫となり、重力に従って頬を伝い落ち始める。
 吐息を噛み殺し、あかりは空いている左手で菜月の、風花の、両手を掴み項垂れた。


「風花さん、勝手じゃないですか…っ」





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あきゅろす。
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