003 「ッ―――!」 悲鳴に鳴らない悲鳴を上げ、螺月は飛び起きた。 肩を大きく上下に動かし忙しく呼吸をしながら、腹に掛かっていた毛布を握り締める。震えが止まらず、指先が白くなるまで毛布を握り締めていたが、少しずつ冷静を取り戻す。荒呼吸をしながらぐるっと辺りを見渡す。 薄暗い視界に飛び込んでくるのは、見慣れた壁、見慣れた窓、見慣れた机に椅子、見慣れた部屋。此処は自分の部屋なのだと理解した。 夢か、螺月がすべての酸素を搾り出すに息を吐いた。 『簡単です。ホラ、こうやって』 過ぎる言葉、蘇る感触、生々しい色、螺月は嘔吐感を感じた。 急いで自室を出ると、洗面所に駆け込んだ。蛇口を捻って大量に水を出し、躊躇することなく吐く。しかし出るのは胃液ばかり。結局何も吐くことができず、胸にムカつきだけが残った。口をすすいで懸命に気を紛らわそうとするが、無駄な努力だった。 排水溝に消えていく大量の水を見送り、顔を上げる。月の光を拒絶するように反射しているのは一枚の鏡。ぼんやりと映る自分の顔に、螺月は自嘲する。 「ひでぇツラ」 カタン…、背後から物音が聞こえた。心臓が凍る。鏡に弟の姿が。急いで振り返る。そこには誰もいなかった。気のせいだったようだ。 額に滲んでいる汗を手の甲で拭い、螺月は項垂れた。眩暈のするような恐怖が再び襲ってくる。呑み込まれてしまいそうだ。チラリと右手を見た。微かにだが右手が震えている。そして厭に高鳴る心臓の鼓動がウザッたい。 『俺、にんげんだから、変だから、みんなが俺のことをきらうんです。だれも見てくれない。だれも、俺を見てくれないんです。だれも助けてくれなかった。だれも』 許してくれ許してくれ許してくれ、ゆるしてくれ。 螺月は乞い願う。口に出していることを、彼は気付かなかった。 暫く洗面所に佇んでいたが、ふらりと螺月は台所へ向かう。渇き切った喉を潤すためだった。二杯ほど水を飲み干すと、螺月は彷徨うように暗い廊下を歩く。 時刻は夜更け。まだ夜明けという時間帯でもない。暗くて当然だろう。 自室に向かっていた螺月だったが、気付けば自室を通り過ぎ、弟が使っていた部屋の前に立っていた。自分の意思とは関係なしに、いやきっと自分は此処を訪れたかったのだ。 食い入るようにその部屋のドアノブを見つめ、躊躇しながらも、手を伸ばして扉をそっと開ける。 [*前へ][次へ#] [戻る] |