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003


 
「ッ、……」
 
   
 
 激しい痛みが体中を走る。あまりの痛みに呻きながら、閉じていた目を開けると天井に描かれたふてぶてしい魔法陣が目に飛び込んできた。
 見覚えのある魔方陣に眉根を寄せた郡是は上体を起こす。

 しかし激痛が体中をめぐったためにそれは叶わなかった。

 辛うじて寝返りを打てる状態か。自分の体を冷静に分析していると向かい側から「隊長!」と名を呼ばれる。顔を上げれば、通路を挟んだ向かい側の牢に自分の部下達がいた。光の格子を掴んで自分の名を何度も呼ぶ部下達は、自分が反応したことに安堵の息を漏らしている。


 部下達は皆、深手の傷を負っていた。
 

 郡是は顔を顰めて無理やり体を起こす。
 「ご無理なさらないで下さい」部下達の心配の声を無視した郡是は、壁を支えに上体を起こして体ごと部下達と向き合う。
 右腕を擦れば全く感覚を感じない。不自然な方向を向いている右腕は折れていたな、郡是は他人事のように自分の腕を見下ろした後、部下に視線を戻す。

「…全員、いるか…」
「はい、勿論です。隊長だけなのですよ。ずっと眠りになっていたの」
「どれほど…眠っていた?」
「分かりません。我々も気付けば此処に入れられていたので。時刻を知らせる鐘の音も止まっているようで、今、一体何時なのか……隊長、お怪我の具合はどうですか?」
「人のことより、自分のことを心配しろ」
「我々の中で誰よりも深い傷を負っているのは隊長ですよ。比べれば一目瞭然です」
 
 告げてくる部下の言葉をあしらうように鼻を鳴らす。自分の心配をしてろ、態度で示してくる郡是に部下は失笑してくる。態度は悪いが部下の身を心配しているのだ。
 失笑を漏らしながら部下のひとりが小さく呟く。
  
 
「アウトロー・プリズンにいるのは我々聖保安部隊のみのようですよ。我々は任務を完遂したようですね」
 
 
 郡是は背を壁に押し付けると、感覚のなくなった右腕を擦りながら目を細めた。



 任務。


 それは中央大聖堂に留まっている犯罪者達を無事に逃がすこと。
 北大聖堂で暴動を起こした139名と“聖の裁き”を受ける罪人、それに数名の侵入者に聖界に背を向けた四天守護家。全員、無事に逃げられただろうか。此処にいないということはきっと逃げることに成功したのだろう。無事に…とはいかないかもしれないが、きっと逃げ切れたのだ。



 長の手から、聖界の手から。そう信じたい。

 

 郡是は腕に目を落とす。折れている手首には枷が掛けられている。
 この枷を幾多も罪人の手首に掛けてきたが、まさか自分がこの枷を掛けられるとは思いもしなかった。それだけではない、このアウトロー・プリズン(地下牢)に罪人を入れることはあっても、自分が入れられるなんて一生ないと思っていた。人生、どこで何が起こるか分からないものだと郡是はボンヤリ思う。
   
 では、悔いはあるか。答えは否だ。
 この選択肢に、自分は一切の悔いを持っていない。
 
 
 ―――その選択が聖界に叛くものだとしても。
 


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