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*吉凶の門出(いぶき)

 
いぶきと雅陽・鉄陽の小話。
手を組みパライゾ軍に入ると決めた、いぶきの門出話。

※Act.56まで読まないと、お話が掴めないと思います。


* *
 

 いつもならば夕暮れ時にこの扉を潜って家の中に入るのだが、もうこの扉を潜ることは無いだろう。
 名残惜しいとは思わないが、妙な気持ちを抱く。淋しいのだろうか。貧相な感情しかないと自負している自分にとって、この気持ちに名の付けようが無かった。

 二度と戻ることの無い扉を閉め、自分を待っている奴等のもとへ向かう。


「あ、来ましたね。支度は済みましたか? いぶき」

 
 胡散臭い笑顔を作り、鉄陽が訊ねてくる。
 いぶきは微かに頷いたのだが、どうも相手には伝わっていないようで「返事くださいよ」と失笑してきた。返事はしたのだと言おうと重い口を開こうとした時、鉄陽の隣にいた雅陽が溜息をついてきた。

「いぶき、せめて俺達に分かる反応しろ。お前、分かり難いんだよ」

 分かり難い? 何処が? 頷いたではないか。首を傾げて真剣に悩む。
 雅陽は二度溜息をついてきて「腕はあるんだがな」と、此方を見てきた。

「口を開け。声を出せ。喋りやがれ」
「そうですよ、折角お口があるんですよ! 僕達と言葉のキャッチボールをしましょう! ホラァ、僕と雅陽なんていつも言葉の…なんか寒気してきました」
「気色の悪い表現するからだ。俺まで背筋が寒くなった」

 顔を顰める雅陽と鉄陽。
 そういえば、2人は兄弟だろうか。名が似ている。顔は似ていないが。異母兄弟だろうか。いぶきは2人を見比べ聞く。

 
「どちらが…兄だ?」


 2人は見事に固まった。

「……お前、俺達を兄弟だと思ったか?」
「違う…のか?」
「そうなんですよ、僕達兄弟で……なわけないじゃないですか! 似てないでしょ、僕等!」
「名前…」

 いぶきの一言に納得し、鉄陽は「竜夜ですから」と説明してきてくれた。
 しかし、竜夜だから名前が似ていると言われてもサッパリだ。いぶきは混乱するほか無かった。説明することを諦め、とにかく出発しようと鉄陽が言う。雅陽は既にそのつもりだったらしく、さっさと前を歩き始めた。


 最後尾を歩くいぶきだったが、ふと足を止めて振り返る。


 荒天狼族から抜け、自分は独りで此処で暮らしてきた。
 そこで得たものは何だったのだろうか。


 いつまでも足を止めているいぶきに気付き、雅陽が足を止める。


「未練がましいか? だとしても、交渉成立した今、絶対来てもらうからな」
「未練がましい…わけではない……ただ」


 家に背を向け、いぶきは歩み出す。


「クダラナイと思っただけだ」
 



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