リサイクルBOX
フラグお断り中。
登場人物
梨原 零(ナシハラ レイ)
主人公。突っ込み属性。おかん。
十日町 自由(トオカマチ ジユウ)
転校生。自由人。乙女。
萬屋 満(ヨロズヤ ミツル)
風紀委員長。チャラ男。クセモノ。
百池 珀(モモチ ハク)
剣道部部長。兄貴(系)。面倒見良し。
泉 千尋(イズミ チヒロ)
演劇部部長。王子(系)。ヘタレ。
一宮 肇(イチノミヤ ハジメ)
生徒会長。クール。どS。
『学園に、男装した女の子が紛れ込んでいる。』
上記したものが、今、うちの学園で最も注目されている噂だ。
初めてそれを聞いた時のオレの感想は、ただ一言。『アホか。』だった。
だってそうだろう。
ドラマや小説でもあるまいし、リアルな男子校でその様な事が罷り通ってたまるか。
入学する時にだって大量の書類を必要とする。それら全てを偽装とかあり得ない。
しかも学歴や資格の有無では無く性別。そんな根本的な部分の偽装をスルーしてしまうようなら、ウチの学園マジやばいだろ。
……そう鼻で哂っていた頃が懐かしい。
図書室の窓際の席に座っていたオレは、現実逃避気味に窓の外の青空を眺め、達観した様な薄笑いを浮かべた。
……今まで並べたオレなりの見解は全て、過去の話だ。今のオレは、あり得ない、なんて笑い飛ばす事は不可能。
何故ならば、既にオレは見つけてしまったから。
『学園に紛れ込んでいる男装した女の子』を。
「おっはよー!レイちゃん!今日もいい天気だよー!!」
「…………」
朝、目覚め一番にオレが目にしたのは、溌剌とした笑顔と健康的な太股、短いスカートの隙間からチラリと見えたピンク色のぱ…………ゲフ、ゴホン。
耳にも目にも刺激的過ぎる朝を迎え、オレが一番にした事といえば……説教だった。
「……十日町、そこ座れ。」
上半身を起こし、輝かしい笑顔でオレに跨ったままの美少女を退かして、床を指差す。
大人しく床にちょこんと座った少女を見下ろす様に、オレもベッドの上に正座して腕組みをした。
「十日町」
「ゆう」
「十日町」
「……ゆう」
「と・お・か・ま・ち」
名前で呼べと強請(ねだ)る十日町に、あくまで名字を強調して呼べば、彼女……十日町 自由(トオカマチ ジユウ)はピンクの唇を尖らせ、拗ねた様に横を向く。
「ちぇーっ!レイちゃんのいけず!」
「いけずで結構。話を逸らすな」
朝からテンションの高い彼女に嘆息しつつも、オレ、梨原 零(ナシハラ レイ)は、そう冷たく言い放った。
「十日町……オレの部屋に勝手に入るなと、何度言えば分かる?」
「えー……まだ三回位しか言われて無いよ?」
「これで通算十二回目だ。あと、寝ている男に跨るな。慎みを持て」
「……小うるさいなぁー。レイちゃん、お母さんみたい」
拗ねたまま、そんな事を呟く十日町に、オレのコメカミに血管が浮き出した。
「煩くもなるだろうが!……いいか、十日町。此処は何処だ?」
「……男子寮にある、僕とレイちゃんの部屋」
「お前の性別は?」
「女の子!」
今まで拗ねていたのも忘れたかの様に、親指を突き出し、イイ笑顔の少女に、オレはブチキレた。
「分かっているんなら、少しは危機感を持て!このバカ娘!!」
……そう。
つい先日、転校して来たクラスメイトにしてルームメイトな、この十日町 自由こそ、男子校に紛れ込んだ怖いもの知らずな女の子なのだった。
十日町は、本当に危機感の無い娘だ。
オレにバレたのだって、共同のリビングで着替えるという愚行のせいだからな。
ペタン……えーと、控えめながらも胸はあるし、括れたウエストから太股のラインは誤魔化し様も無く年頃の女の子なのに、恥じらいというものが無い。
そのくせ男に興味が無い訳ではなく、妙な方向に夢を持ってしまっている。
この学園に転入して来たのも『憧れのスプリンターを追って』とか『家庭の事情』なんて理由じゃなく、
『リアル乙女ゲーを体験してみたい!!』
という、至極残念な理由だった。
つか乙女ゲーって何?と問えば、ギャルゲーの女子向け版というザックリした答えが返ってきた。
十日町いわく、
『チャラ男がマジに恋をする』とか
『兄妹みたいに思っていたのにいつの間にか』とか
『秘密を知ってしまう』とか
『過去の傷を癒してあげる』とか
そりゃあ多種多様なフラグがあるそうだ。
嬉々として話す十日町の話題が、異世界にまで飛びそうになった所で逃亡……いや勇気ある撤退と呼んでもらおう。そのまま付き合っていたら夜が明けても終わりそうになかったし。
「ねーねー、レイちゃん」
オレが眉間にシワを寄せ考え込んでいると、十日町はオレの服の裾をチョイチョイと引っ張る。
「……何だ」
不機嫌をアピールしつつも問えば、十日町は大きな目でオレを見て、小首を傾げた。
「時間、ダイジョブ?」
「は?……………時間?」
一拍置いてオレは、枕元の時計を引っ掴んだ。
時刻は無情にも、いつもの登校時間をとっくに過ぎている。
…………えーと。これ、止まってるのか?昨夜のままとか?
現実逃避を始めるオレの耳に、カチコチと正確に時を刻む針の音が響く。
今現在で遅刻ギリギリ。
オレ、パジャマで十日町は部屋着のスカート。……つかパジャマ着替えたんなら、素直に制服に着替えておけよアフォ!!!
「十日町ー!!」
「はいさ」
「四十秒で支度しな!!」
「!!……分かったらわ、おばさま!!」
ソレはシ○タの台詞だ!!
「生徒手帳、出してもらえるかなぁ?」
きっちり閉められた校門の前に立つイケメンは、そう言ってオレ達に向かって手を突き出した。
はい。ギリギリでもなく普通にアウトでした。
十日町が『朝御飯食べなきゃ力が出ない!』と超健康優良児発言をしてくださったお陰です。
しかもコイツ朝はご飯派。
開き直って卵焼きと塩鮭焼いてやったさ。遅刻もしますね分かります。
「えー!ちょっと位見逃してくれても……痛っ!」
「お願いします」
ごね始めた十日町の頭を叩き、生徒手帳を二人分渡す。
何でオレが、コイツの生徒手帳まで持っているかと言うと、机の上に放置されていたのを、持って来てやったから。……オレ、マジで母ちゃんポジション。
「素直だねぇ。いい子」
オレから生徒手帳を受け取ったイケメンは、髪と同色のチョコレート色の瞳を細め、甘く笑んだ。うわぁ(どん引き)
「……格好良い」
オレは引いたが十日町は食い付いた。
ぼそりと呟いた後、小声でオレに問う。
「ねっ、レイちゃん!この人だれ?」
「……風紀委員長の萬屋 満(ヨロズヤ ミツル)先輩」
風紀委員長らしく自毛のまま。ピアスもしていないのに、何故かチャラ男にしか見えないのは、喋り方のせいだろうか。それとも、バイで男女問わず食い散らかしている噂のせいか。
とにかく噂の絶えない人で、女性関係のトラブルで殺し屋に狙われているとか、既に一児のパパだとか、とんでもな噂も多い。
ファッション誌のモデルのバイトをしている、という噂は本当だと、こないだ自分の目で確かめたばっかりだ。本屋さんに普通に並んでた。
「えーと。君が、十日町 自由君?」
「はいっ!」
いい子の返事をする十日町を横目で見ながら、オレはそっとため息をついた。
違うだろ。お前の本当の名前は、十日町 美由(トオカマチ ミユウ)だろ!
自由はお前の双子の兄ちゃんだろうが!!
コイツは、双子の兄の代わりに此処にいる。二卵性にも関わらずそっくりらしい。
でもって兄貴は、コイツの代わりに女子校行っているそうだ。この双子、真性の馬鹿だ。
.
「……で、君が、梨原 零君」
「はい」
素直に頷く。
確認をとった風紀委員長は、オレ達の生徒手帳を内側の胸ポケットにおさめた。
……あれ?
「じゃあ、放課後までに、反省文を書いて風紀室に持って来てねぇ。君達、素直だから一枚で許してあげるからさ」
「はい!」
ニッコリと笑む風紀委員長の言葉に、イケメン大好きな十日町が元気に手をあげる。
だが、それに突っ込むよりもオレは、気になっている事があった。
「風紀委員長」
「ん?」
「ボタン、取れかけてます」
シャツの胸の部分を指差せば、風紀委員長は今、初めて気付いたようだった。
まぁ、身だしなみに気を遣ってそうな人だから、気付いてたら別のシャツを着るか。
「あー。さっき引っ掛けたかもなぁ。……ま、教室に替えあるからいいけど」
教えてくれてアリガトね、と笑う彼にオレは曖昧に頷いた。
「……レイちゃん」
「あ?」
またしても声を潜め、十日町はオレに話し掛けて来る。今度は何だ。
「あのシャツ……貰えないかな。どうせ捨てるんだよね」
「……お前、ストーカーにでもなるつもりか」
呆れて、突っ込む気力も無くなってきたオレは、半目で十日町を見る。
だが彼女は全く堪えた風も無く、何故か胸を張った。
「だって勿体ないじゃん!イケメンのシャツ!」
「……『イケメンの』って枕詞がつかなければ、同意してやったんだがな」
オレらのやり取りは、どうやら聞こえてしまっていた様で、風紀委員長は可笑しそうに肩を揺らした。
「あはは。君ら面白いねぇ」
不本意極まりない。
「シャツかー……確かに捨てるから、あげたい所だけど、ファンクラブの子等に知られると面倒だから……ゴメンね?」
残念そうに肩を落とした十日町は、イケメンの笑顔にまたも復活。全然平気です!無問題(モーマンタイ)!と叫ぶおまえが大問題。
……というか、
「捨てるんですか?」
素直に勿体ないと思う。まだ全然新しいのに。
「んー。勿体ないけど、ボタン付けらんないしねぇ」
「あ、ならオレ、付けましょうか?」
「……え?」
「それ位なら、すぐつきますよ。着たままでも大丈夫です」
「え、あ……」
カバンからソーイングセットを取り出しながら、風紀委員長に近付く。
目を瞠り動揺する彼を放置し、オレはさっさとボタンをつけ始めた。
男にそんな事されてもキモいだけだろうが、このままじゃ、シャツが捨てられてしまう。
貧乏性なオレには、それが許せなかった。
ボタンを一度取ってから、早業でソレを縫い付ける。
だが丁寧にはやっているつもりだ。今度は早々取れたりはしない筈。
結んでから、プツリ、と糸を切る。
「出来ました」
「…………」
見上げた風紀委員長は、何故か惚けていた。
呆然としたまま動かない。
……男にボタンをつけられたのは、やっぱりショックだったか。
せめて脱がしてからヤれば良かったな……って、何か卑猥な文章になった。
「風紀委員長?」
「っ!……ぅあ、えっと」
ヒラヒラと目の前で手を振ってみたら、漸く風紀委員長は我に返る。
大袈裟に跳ねた風紀委員長は、吃りながら身を引いた。
何故か頬が赤い。
「ボタン、付け終わりましたよ」
「……あ、りがとう」
礼を言う声にも力が無い。
やっぱり、余計なお世話だったか。
「……じゃあ、オレら行きますんで」
気まずい空気に耐えられず、十日町の腕を掴み歩きだす。
「ちょっ……待った!」
「?」
大きな声で呼ばれ、オレは門を開けていた手を止める。
「…………ちゃんと放課後、来てね」
「……はぁ」
風紀委員長は、暫く葛藤していたが、結局それだけ、ぽつりと呟いた。
何だったんだ、と首を傾げながらも校舎に向かっていると、後ろから十日町にどつかれた。
背中に靴底の跡を付けるな馬鹿娘ぇ!!
「痛ぇ!……なにすんだよ馬鹿町!」
「うっさい!……酷いよレイちゃん!!ぼくより先にフラグ立てるなんて!!」
「……はぁっ!?」
振り返ると十日町は、涙目でオレを睨んでいた。美少女なので、そんな顔も魅力的ではあるが……
何か今、聞き捨てならない事を言わなかったか。
「チャラ男に、家庭的な部分をアピールしてトキメかせるなんて……やっぱりレイちゃんてば、ぼくのライバルキャラだね!?」
「は?待てよおい……」
「負けないんだからー!!」
「待てっつってんだろがー!!」
とんでもない爆弾を投げつけ、十日町は駆けて行った。追いかけるオレの声がこだまする。
オレは母ちゃんでも、ライバルでも無ぇ!!
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