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愛に逝くから。[静凛]
※モブな女性視点です。



火曜日は、私にとって少しだけ特別な日。




駅前の花屋に勤め始まってから、もう三年になる。
最初こそ自分の事で手一杯で、お客様の顔さえろくに覚えていない状態だったけれど、今では顔馴染みの方の好みも把握出来るようになった。


近所の喫茶店のマスターが、お店に飾るのは、匂いのきつくないもの。珈琲の香りの邪魔をしてしまうから。
坂を登った先の高校の、若い女性の先生は、ピンクの可愛らしいお花がお好き。
はっきりした色じゃないと、お花が変わっても、生徒に気付いてもらえないの、なんて苦笑していた。


皆様が選ぶお花には、色んな理由があって、色んな物語がある。


そして今日、火曜日だけ来るお客様にも、きっと。




「こんにちは」

「いらっしゃいませ!」


カランカラン、と来客を知らせる軽快なベルと共に、甘い美声が響く。
振り返ると、私が密かに心待ちにしていた、火曜日のお客様がいた。


ハニーブラウンの長めの髪に、たれ目がちな同色の瞳。雑誌のモデルと比べても、全く遜色の無い、甘い美貌。
とんでもないイケメンである彼は、少し先の大通りにある美容室を経営している、カリスマ美容師だ。


知る人ぞ知る彼のお店は、顧客に芸能人もいる様な有名店。特に彼、志藤静さんの予約は、中々とれないらしい。


そんな雲の上の人が、ある日目の前に現われたのだから、当時の私の混乱は推して知るべし、だ。
勤め始めたばかりだった私は、浮かれた。そりゃあもう浮かれた。
身の程知らずにも、一目惚れなんてしてしまう程に。


けれどその恋は、ほんの数分で破れ去った。


「こんにちは、志藤さん。今日はどうなさいますか?」

「どうしようかなぁ……あ、そこのイングリッシュローズ見たいな」

「アリスですね」


火曜日だけ来るイケメン美容師さんは、可愛らしい花束を毎回購入されて行く。
その意味を分からない程、鈍くは無かった。


今でこそ全く平気だが、失恋当時は泣いた。
泣いて喚いて親友に慰めてもらいながら、自棄酒してからカラオケオール、の行程を二日連続やった。


その次の週もその次も、毎週来る彼に、胸が痛くなくなったのは結構早かったと思う。


そして次に、芽吹いたのは好奇心。
何時も楽しそうに花を選ぶ彼を見る度、彼の恋人はどんな人なんだろうって思った。


毎週火曜日は、美容師さんのお休みの日。
カリスマ美容師ってくらいだから、かなり忙しくて疲れていると思う。
けれど、そんな事微塵も感じさせない嬉々とした顔で会いに行く人。興味津々でも仕方ないでしょ。


でも次第に、純粋な好奇心は、応援する気持ちに変わった。


「じゃあ、これとこれ。……あ、あとこれも混ぜてもらえるかな?」

「はい!」


だって今時ない。こんな純愛。


志藤さんはイケメンで、たぶん引く手数多。誘惑も多いだろうに、恋人以外目に入っていない。
私が勤め始めた三年前から欠かさず、恋人さんの為に花を買う。


値段は気にしないで、自分の目で毎回選んだ、素敵な花束を。


しかも花だけじゃなくて、有名店のお菓子や、アクセサリー店の袋を下げてたり。
あとは、花束以外にも、沢山の花を買っていったり。


「ありがとうございました……あ、志藤さん!」

「はい?」

「恋人さんに宜しくお伝えください!」


綺麗な顔に笑いシワをつくって、照れた様に手を上げる。
志藤さんは、この世の幸福を腕一杯に抱え込んだような、嬉しそうな笑顔で、今日も店を出ていくのだ。




「……あれ?」


仕事を終え帰宅途中、携帯を確認すると不在着信があった。履歴は親友。
昼休みにメールが入っていたから、大体の内容は予想がつく。


「志藤さんの恋人、見たのかしら?」


今日仕事が休みだった親友からのメールは、街で偶然志藤さんを見かけたというもので。
ショッピングに費やす筈だった休日を、急遽尾行に変更したらしい。


私が失恋してから数ヶ月後。実は親友も志藤さんに一目惚れしていた。
私に会いに寄った花屋の店先で、擦れ違った彼に恋に落ちたが、私と同じく失恋。


泣いて喚いて、自棄酒からのカラオケオールを二日間開催。さすが私の親友と言おうか、最終的には二人の応援をするようになっていた。


『凛さん美人かなぁ〜(*´∇`)ワクワク』


そんなメールを寄越す程度には、親友は恋人さんに好意的だ。
ちなみに恋人さんの名前を知れたのは、親友の手柄。玉砕覚悟で告白しあっさり振られたが、せめて恋人さんの名前を教えて下さいと食い下がったらしい。


凛さんは多分清楚な美少女、と勝手な予想をたてながら、親友へと電話する。


『もしもしっ?』


2コール目が鳴り終わる前に繋がった先、親友は何故か泣きそうな声をしていた。


「……どうしたの?」


余りにも予想とかけ離れた空気の中、出来るだけ冷静にそう問うと、電話口の彼女はまるで泣くのを堪えるかのように、深く息を吸った。


『……今から、これる?』




指定された場所は、街中から離れた寺だった。
既に日は沈みかけ、辺りは薄暗い。そんな時間に近寄りたい場所ではない。


だが落ち合った親友は、迷いの無い足取りで中へと進む。説明は一切無く、私は不安でたまらなかった。


「……ねぇ、何処へ行くの?」


問いかけても、応えは無い。
やがて墓地へと辿りつき、親友はそのまま入って行く。
尻込みしつつもついていけば、親友はある一角で足を止めた。


「…………何、此処」


其処は、誰かのお墓だった。
良く手入れがされているのか、綺麗だったが、そう新しいものではなさそうだ。
数年…いや、十年近くは経っているだろう。


だが墓石自体は、極普通のもの。そこに変わった点は無い。
目を引くのは墓石ではなく、墓石に掛けられた花冠だ。


「…………」


色鮮やかな花々で編まれた花冠、手向けられた花もまた見事だ。
そして私は、それらに見覚えがあった。


「……これ、志藤さんの……」


そう。手向けられた花は、彼が花束として買っていったもの。
それ以外に見繕っていった花は、花冠へと姿を変えていた。


「…………」


嫌な予感が止まらない。心臓は煩い位に主張して、息が上手く吸えない。
言葉もない私を一瞥した親友は、くしゃりと泣きそうに顔を歪めた。


「……凛さんの、だよ」

「……っ、」


何が、なんて問えなかった。


「凛さん、十年も前に、亡くなってるんだって……っ」


親友は、此処の管理をしている方に聞いたそうだ。
管理者のお爺さんは、十年前から彼を知っていて、昔の彼の話を、したがらなかったと言う。
けれど親友が真剣に志藤さんを心配している事が伝わったのか、少しだけ教えてくれたそうだ。


凛さんを亡くしてしまった志藤さんは、高校にも通わず、ずっとお墓の前に佇んでいた。睡眠も食事もろくにとらず、彼の方が亡者の様だったらしい。
見かねた管理人さんは、志藤さんに説教をしたそうだ。


そうやってアンタが後を追って、喜ぶような子なのか、と。


悲しい想いばかり、持ち込んでやるな。アンタはアンタの好きな子に、喜びや楽しみも分けてやりなさい。
泣いて笑って怒って、その子と一緒に生きなさい。


泣き言なんか、次に会えた時で十分だろう。そう、叱咤した。


それから志藤さんは、学校にも行き始め、進学して美容師になった。
でも何年経とうとも、週一の逢瀬は無くならなかったそうだ。


毎週一度だけ、両手一杯の土産と共に彼は来る。


幸せそうな笑顔で、


『りっちゃん、ただいま』


そう言って。




「…………」


話を聞き終えても、私は何も言えなかった。
隣で佇む親友も同じ。


私達は、ただ黙って、お墓に手を合わせた。


どうか、と願うのは、お門違いだろうか。
でも此処以外に、願う場所が無い。


神様でも仏様でもなく、凛さん、貴方に願う。


夢枕でも幽霊でも来世でも、なんでもいいから、


どうか、志藤さんに、会ってあげて下さい。
そして、願わくは傍に。


「…………」


目を開けた私は、ゆっくりと歩き出す。親友は数秒遅れて隣に並んだ。


「……ねぇ」

「ん?」


街灯に照らされた影が、長く伸びる。
それをぼんやりと眺めながら相槌をうつと、隣の親友は、ぽつりと呟いた。


「……長生きしてよね」


馬鹿、と笑えない。
私は小さく頷いた後、アンタもね、と呟いた。



――カラン、カラン


「いらっしゃいませ!」


次の火曜日も、彼は行く。哀しみなんて欠片も含まれない、喜びだけを集めたような花束を腕に抱いて、


大切な人に、あいに行くのだ。


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