Dark いつか [黒凛] 150万打記念小説 第1位 黒さん 『黒さん、…だいすき』 「…ねぇ、貴方。誰か探しているの?」 夜の繁華街を外れ、一本裏の道を進むと、華やかで派手な表通りとは正反対、薄暗く酷く治安の悪そうな場所へと辿り着く。 怪しげな密談が密やかに行われるような、細い路地裏を過ぎると、少し広めの空間が現れる。 フェンスで区切られた、高架下。 そこに、オレはいた。 フェンス越し、上を走る高速道路の赤いテールランプをぼんやり見つめながら佇んでいると、 「誰を探しているの?」 もう一度、問われた。 ゆっくりと振り返ると、二人の女が此方へ向かってくる。 「最近、良く見かけるけれど、いつも何かを探すように辺りを見回しているから。」 一人は襟足までの黒髪のきつめの美女で、 「そうそう。気になってたんだぁ。」 もう一人は、栗色の髪を緩く巻いた、華やかな美少女。 見覚えは、無い。 が、そんな事、どうだっていい。 「…あぁ。恋人を。」 「…やっぱり、いるんだぁ。」 がっかり、と少女があからさまに落胆するが、黒髪の美女は、興味津々、といった様子で、身を乗り出した。 「貴方みたいな良い男から逃げる…ワケないわよねぇ。誰かに攫われたの?」 なんとも軽く物騒な言葉を発する女に、オレはかぶりを振る。 「分からない。…何処にいるのか、誰といるのか。………ずっと、探しているが、見つからねぇんだ。」 「…そっか。」 「ねぇ、どんな子?どっかで見かけたかもしれないよぉ?」 苦くつぶやいたオレに同情したのか、表情を曇らせた女の隣で、少女は、良い事を思いついた、と言わんばかりに顔を輝かせた。 「そうね。特徴とかは?」 「……黒髪のショートで、大きめの黒い瞳。ちょっと吊り目気味で、…身長は、これくらい。」 言いながら、オレの鎖骨の辺りで手をとめる。 女は困ったように眉をひそめ、考え込むように腕組みした。 「…大きな特徴が無いと、ちょっと難しいわね。」 「最後に会った場所とかぁ、…あとその時の服装とかはぁ?」 「…っ、」 その言葉に心臓が、ドクリ、と嫌な音をたてた。 バクバクと心音が五月蝿い。 「……最後に会った、場所………。」 何処だ。 何処でオレは、アイツを見た。 一瞬フラッシュバックする、光景。 白と赤。 奥底から込み上げてくるような不快感。 グワングワンと耳元でドラム缶を打ち鳴らされているような感覚。目眩さえする。 オレは不安定な心を落ち着かせるように、耳へと手を伸ばした。 「……………、」 指に、硬質な感触が伝わり、 そうすると何故か、ほっ、と息がつけた。 「……服装は、忘れた。……ああでも、サファイアのピアスをしている、」 そう言うと、女は、ああ、と納得したように頷いた。 「貴方が今しているのと同じもの?」 「………は、?」 再び、ドクン、と心臓が跳ねる。 ピアス?…サファイアの? オレはそんなもの、していな、 「あ、本当だぁ。」 綺麗なブルーだねぇ、と無邪気に笑う少女に、オレはかぶりを振る。 …何を言ってるんだか、意味が分からない。 サファイアのピアスは、オレがする筈無いだろ? オレがアイツにやったんだ。 外すの禁止な、と笑いながらつけたオレに、 外すわけないです、と嬉しそうに笑ったんだ。 なぁ、そうだろ。 凛、凛、凛、―― お前、何処に、 「――総長。」 ふいに、高めの声が、かけられた。 「……え?なに、この人たち。」 少女らが見つめる先、 やけに厳しい表情で、オレを睨むように見るのは、 「……どした?青。」 飄々とした笑みを浮かべ、名を呼ぶと、青の顔が、まるで痛みを堪えるように歪められた。 「…こんな場所で、何をしている。」 後ろから、白が現われ、次いで玄武、白虎、朱雀、と幹部連までもがいた。 どいつもこいつも、やけにキツい顔付きで、オレを見ている。 ……つか、何してるって? 「……決まってんだろ。凛を探してんだよ。」 「…っ、」 オレがそう言った瞬間、全員の顔が歪められた。 「…………っ、お前は、」 白は、珍しくも泣きそうな顔付きで、唇を噛み締める。 何だ? 何故そんな顔をする。 「………もう、よせ。」 白の言葉を聞きながら、オレはぼんやりと視線を彷徨わせる。 …凛、お前はなにか訳があって、少しの間だけオレの傍から離れているだけだろう? なぁ、何処だ。何処にいる? 此処までこれないなら、オレが迎えに行くから。 そこがどんな遠くでも、すぐに行くから。 だから――、 「…陰は、……凛は、もういない。 ――死んだんだよ。」 「………………。」 ……白が、可笑しな事を言い出した。 なに、言ってんだ? その冗談は、笑えねぇぜ。 「…死んだんだよっ…!!お前の目の前で、車にひかれただろ!!!」 「…………それ以上言ったら、お前でも殺すぞ。」 地を這う低い声で、殺意を込めて言うが、白は怯んだりしなかった。 「…いいや。ここまでお前を放置したのは、オレらの罪だ。これ以上見ないふりをしたら、オレはあの子に顔向け出来ない。」 ……ああ、頭がガンガンする。 耳鳴りが、五月蝿い。 オレの体が、聞くなと言っている。 「…お前は、知ってる筈だ。そのピアスが、なによりの証拠だろう。」 「…やめろ。」 「お前の耳に、黒瑪瑙のピアスのかわりに、凛がしていたサファイアのピアスがはまっているのは何故だ。」 「やめろ…っ、」 「…お前が、交換したからだろう? ――病院の霊安室で。」 「止めろっ!!!!」 ガシャァンッ!!! 近くのフェンスを殴り付ける。 しかし身を震わせたのは少女らだけで、他の奴等は厳しい顔のままオレを見ていた。 「……………、」 知らない。 知るわけない。 凛はいる、何処かに。 アイツがオレを置いていくわけがない。 ――なぁ、そうだろ。 「……………、」 「何処へ行く。」 ふらり、とその場を立ち去ろうとしたオレの前に、白が立ちふさがった。 「…探しに行くんだ。」 「……行かせない。」 白の言葉を合図に、オレの周りを全員が囲む。 全員が、剣呑な瞳でオレを睨んでいた。 「……力ずくでも、止めてみせる。」 「…オレを、か?」 オレは白のセリフに、目を瞠り、 次いで、哂った。 「止められるもんなら、やってみろ。」 視界の端で少女らが逃げていくのを見ながらオレは、唇を歪め、獰猛な笑みを浮かべた。 「………っ、」 ――ドサリ。 足元に蹲るように倒れた白を一瞥し、オレはパンパン、と軽く埃を払う。 四天王の奴等は、呻き声さえあげす、ピクリとも動かない。 殺してはいないが、目を覚ましても暫くは立ち上がれないだろう。 「……時間くっちまったな…。」 独り呟いて、ゆっくり歩きだした。 見上げた先、ビルの隙間から、爪痕みたいな三日月が、朧に霞んで見える。 「……お前も見てんのか?………なぁ、りぃ。」 見上げた月は、返事をしない。 傍らにいるはずの大切な子からの、返事も無い。 あの日失われた温もりは、今も帰らないまま――、 「……次は、何処探すかな。」 また、ゆっくりと歩き始めたオレは、 自分の頬を伝い落ちる何かに、気付かないふりをした。 なぁ、りぃ。 探すから。 何処までも 何時までも ずっと――ずっと探すから、 そしたらいつか会えるだろう? それならオレはなにも、辛くねぇよ。 例えその時が、 オレの最期だったとしても。 (お前に会えるなら、それが今この時でも、) (オレは最高の気分で死ねるよ。) END [*前へ][次へ#] [戻る] |