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愛讃歌 [西凛]



「……風邪ひくぞ。」


細い背中に、ぶっきらぼうな声をかけると、彼は漸くオレに気付いたのか、ゆっくりと振り返る。


「………っ、」


高いフェンス越し、彼の背後に広がるのは、泣きたくなる位青い空と、一筋の飛行機雲。


その冬空に負けないくらい透明な笑みを浮かべる彼に、オレは震えそうになる両手を握り締めながら、祈る。


どうか――消えるな、と。



「…大丈夫。オレ結構丈夫だし。」


シーツがはためく病院の屋上で、パジャマ姿のまま笑むソイツに、オレは苦虫を噛み締めたような顔で、苦々しく呟いた。


「…入院患者が、ふざけた事を言うな。」

「あはは。確かに。」


軽く返す斎藤に、投げるようにショールを渡せば、彼は一瞬驚いたように目を瞠った後、とても嬉しそうに目元を緩め、


ありがと。と、


小さく呟いて、笑った。



「学校は、どう?」

「…かわり無い。」

「そっか。」


斎藤が倒れてから、3ヶ月。
懐かしむように学校の事を、度々訊ねるコイツに、オレは気のきいた言葉一つ返せない自分に、内心歯噛みをする。


たまにポツリポツリと、武藤や担任…桐生の事を話す程度。楽しい話一つうまく出来ない自分に苛つくが、それでも斎藤は、嬉しそうに笑ってくれるから。


オレはらしくもなく、真面目に学校に通い、周りの奴らの観察なんぞをしているんだろう。


「………………。」


本当は、ずっと傍に、いたい。


四六時中、呆れる位、コイツと一緒、に。




時は、有限だと、知った今では


余計に。


「……ねぇ、西崎。」

「…なんだ?」

「……………………、」


斎藤は、何故か何も言わないまま、じっとオレの顔を見ている。


「………斎藤?」

「……………、」


戸惑い、問うように呼ぶと、斎藤は、フワリ、と柔らかく笑んだ。


「………っ、」


――何で、



何故そんな、幸せそうに笑える?


3ヶ月、たってしまったんだぞ?


何故、過ぎたものを惜しむのではなく、
『今』を、『生きる』事を、愛しめるんだ。


何故、



『――余命は、もって半年。』



あの残酷な呪文を、受け止めて笑えるんだ、お前は。



「…っ、……帰る。」


逃げるように身を翻すオレの後ろ姿に、ヒラヒラと手を振りながら『またね』と言葉を贈るお前。


その、お前の『またね』が永遠に欲しいんだ。オレは。


いなくなるなんて、許さない。


オレは、まだ、お前に何も言えていないのに…!!!


擦れ違う人や物にぶつかりながらオレは、病院の階段を駆け降りる。

謝る余裕も無く、息をきらして駆け、病院を出て中庭に近い場所で漸くオレは足を止めた。


「………っ、」


どうしようもなく、狂暴な衝動が、身の内を暴れ回る。
叫んで、周りの全てを壊したい。


…なんの感慨も無く日々を当たり前に生きる全ての人間が、許せない。


何で、


何で、アイツなんだ。


世の中には、いらない奴なんて沢山いるだろう。
つまんねぇ、だとかそんな、それこそつまんねぇ理由で、命を投げ出そうとしている奴だって、いる。


なのに、なんで、アイツなんだ。


日々を愛しんで、大切に生きるアイツから、世界を



…否、何故オレから


アイツを奪うんだ…!?




他の誰を、犠牲にしたって構わない。
アイツが、…凛が、


笑っていて、くれるなら。



――― 〜♪

「……………、」


真っ黒な絶望と欲望に飲まれかけていたオレの耳に、ふいに小さな声が、届く。



……♪、…〜♪


「……………!」


それは、かすかな…けれど、聞き間違えようの無い、愛しい歌声。


振り仰いだ先に広がるのは、

突き抜けるような蒼天と、
一筋の飛行機雲。


それに映える白い建物と、
フェンスに寄りかかる、見間違えようのない、背中。


「……………っ、」




青空に吸い込まれそうな、透明な声が奏でるのは、


哀しい旋律ではなく、


生を喜び、愛を伝える、ラブソング。


一辺の曇りもない、


歓びの唄。


「…っ、…りんっ、……凛っ!!!」


両目から溢れ出る滴もそのままに、オレは獣の咆哮のように、声の限り、愛しい名を叫んだ。


薄汚い憎悪を抱く事も許さず、
叱る瞳も諫める言葉さえも無く、


歌声一つでオレの闇を払ってしまう、傲慢なオレの恋人。






ならば、オレは唯一の抵抗に、


この声枯れるまで、
この命尽きるまで、


叫び続けよう。




お前だけに贈る、愛の歌を。
(またね、を永遠に出来るまで。)



END

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あきゅろす。
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