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Parallel
6


「!?」


 身を引いてから、決死の覚悟で目の前の人の腕にしがみ付いた。
 オレがそんな行動に出るとは全く予想出来なかったらしく、呆気にとられ男は動きを止める。

 今しかない。非力なオレが止めていられるのは、ほんの一瞬だから。


「り、」

「ぼさっとすんな!!逃げろって、言ってるでしょうが!!」


 呆然と名雪さんはオレを見る。オレに向かって伸ばそうとしている手を叩き落とすつもりで、叫んだ。
 生憎手がふさがっているので、物理的には無理だけど。


「オレはオレの意志で、アイツから逃げた。だから、もういい……もういいから!」


 逃げて。
 そう言い終わる前に、オレの頬を男の手が掴んだ。


「っ……!」


 乱暴な手付きではなかった。
 顔を、自分の方に向けさせようとする以上の力は込められていない。

真正面からかち合った瞳には、怒りも焦りも浮かんではおらず、綺麗なアメジストはオレを映して妖しく煌めく。


「……震えているな。怖いのか?」


 さっきと同じような言葉を繰り返す。
 腕にしがみ付いているんだから、オレの震えは彼にダイレクトに伝わっているだろうに、わざわざ言葉に出して確認するなんて、サドすぎる。

 今からぼっこぼこにされるって分かっているのに、怖くない訳あるか。震えもするよ、当たり前だ。


「あ、たりまえ、……ですっ……」


 虚勢なんて張れない。自分自身でさえも、まともに聞き取れない位、声は震え掠れる。
 無様だ。これ以上醜態なんて、本当は晒したくない。


「なぐ、られるのも、嫌だし、痛いおもいなんて、極力したくない……」


 けれど今、オレに出来る時間稼ぎなんて、他にない。
 だったら、呂律が回らなくても声が掠れても、喋り続けるしかないだろう。


「それなのに、お前よりよっぽど強い男を庇うのか?」


 どういう気紛れかは分からないけれど、なんの意味もない言葉の応酬に、男は付き合ってくれている。

 不幸中の幸いだ。
 どっちみちボコボコにされるにしても、何の意味もなく暴力を受けるよりは、名雪さんだけでも逃がせた方がいい。各段に、マシだ。


「ふた、り、……二人共潰されるよりは、一人でも助かった方がいい。それだけの話です」


  目に力を込めて、真正面から見つめ返す。
  吊り上り気味の目が、僅かに瞠られた。


「……ただの馬鹿かとも思ったが」


 暫しの沈黙の後、男は口を開く。
 感情の読めなかったアメジストの瞳が、何故か愉しそうに輝き、綺麗な形をした唇が弧を描いた。

 人形めいた硬質な美貌に、命が吹き込まれる。
 かすかに浮かべた微笑は、暗闇の中にあっても輝く程に麗しく妖しかった。


「真性の馬鹿だったな」

「ぅわっ!?」


 一瞬、状況を忘れて見惚れてしまったオレの視界が、ぐるりと反転した。
 突然の浮遊感に、訳も分からず叫ぶ。何が起こったのか、全く理解出来なかった。


「なに!なに!?何なの!?」


 何故かオレは、男の肩に担ぎあげられている。
 長身ではあるが、全体的に細身にみえる男は、片手で軽々とオレも持ち上げてしまった。

 混乱するオレに向けて、さっきより近くにある美麗な顔が、惜しげもなく微笑みを振り撒く。


「中途半端な偽善者や、自己犠牲に陶酔する輩は、虫唾が走る程嫌いだ。そいつらは大概が、本当に命の危機ともなれば、我先に逃げる」


 オレが聞きたいのは、何故抱えあげられているか、その理由のみだ。
 それなのに機嫌良く喉を鳴らして笑う男は、聞いてもいない事をつらつらと話し出す。
 

「それなのにお前ときたら……自分の弱さも状況の不利さも理解しているのに、他人を庇うのか。ちっぽけな鼠が、狼を守ろうと腕を広げるのか」


 傑作だと、男が笑う度に、腹から振動が伝わる。
 地味に苦しいから止めて欲しい。ついでに、全力で馬鹿にするのも止めて欲しい。

 そして抱え上げた理由も、出来れば教えて欲しい。

 荷物担ぎをされたオレは、混乱する頭でそう思った。


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あきゅろす。
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