Parallel
4
状況が把握出来ず、オレは混乱した。
何で名雪さんがボロボロなの。
誰が、どうして、何のために?
見つけたって、なに?オレの事?
もしかして……探してくれていた?
沢山の疑問が浮かび上がり、頭の中を廻る。
けれどそれら全てが空回りとなり、明確な答えは何一つ得られなかった。
それに、探してくれたのは、何故?
面倒見の良い名雪さんが、個人的にオレを探してくれたのだろうか。
それとも――、
「……っ、」
そこまで考えて、オレは我に返る。
自分本位な願望を振り切る為に、大きくかぶりを振った。
今は、そんな場合じゃない。
怪我をした名雪さんの事に、集中しろ。
女々しい自分を恥じつつも、オレは改めて名雪さんに向き直り、手を差し伸べた。
「名雪さん、立てますか?」
「っ……、うん。けど、その前に……聞いて」
体を起こしただけで、名雪さんの顔が苦痛に歪む。
けれど彼はオレの手を取ろうとはせずに、そんな事を言い出した。
「?……病院行ってから、ちゃんと聞きますから」
何故そんな事を言い出したのか不思議だったが、怪我の具合が心配なオレは、頷かなかった。
どんな話かは知らないが、今は一刻も早く病院に行った方がいい。
勿論付き添うつもりなので、話はその後でも充分だろう。そう、判断した。
けれど。
「凛」
支えようと伸ばした手を、逆に掴まれる。
真剣な表情で彼は、もう一度オレを呼んだ。
「帰ってきな」
「……え」
オレは呆然と、彼の顔を見つめ返す。
ぽっかりと口を開けたまま固まったオレの顔は、さぞかし間抜けだっただろう。
でも名雪さんは笑いもせず、真摯な瞳で言葉を続けた。
「みんな、待ってる」
「!」
くしゃりと歪んだ顔を隠す為に、咄嗟にオレは俯く。
嘘ばっかり、と冗談めかして言うが、声が掠れてしまった。
期待するな。
気紛れで拾った野良猫がいなくなっても、アイツが探す筈がない。
オレがいなくてもアイツは、ほんの一欠片も崩れはしない。
知っていて、傍にいたんだろう?
そうやって己を戒めようと思っているのに、名雪さんは尚もオレを揺さぶる。
「ボス……御門暁良にとって、アンタは特別な存在だ」
「っ、……なに、言って」
突然突き付けられた言葉に、オレは激しく動揺した。
なるべく思い出さないようにしていたのに、名前一つ聞いただけで、脳裏にあの男が鮮明に蘇る。
低い声も、傲慢な指先も、綺麗な顔も、意外に高い体温も逞しい体も、ぜんぶ、全部。
思い出したら動けなくなりそうで、怖かった。
手に入らないものを欲して、足掻いて、傷だらけになる事が、怖くて怖くて、たまらなかった。
「あの男が、誰かを特別に思うなんて、にあわない」
ああ、笑おうと思ったのに、失敗した。
名雪さんの綺麗なアーモンドアイズに映る自分の笑顔は、酷く不出来だ。いっそ憐れな程不格好で、醜い。
まるで、今のオレの心を、写し取ったみたいに。
「凛……!」
「やめてくださいっ!」
「!」
悲鳴じみた声が洩れた。
驚きに瞠られる瞳を見つめながら、オレは力無く笑う。右腕を擦る指先がカタカタと震えているのは、寒さなのか怯えなのか、自分でも分からなかった。
「期待するのは……こわい、です……」
呟く声は、脆弱。放つ言葉は卑怯で、卑屈。
ほんとう、どうしようもない。
分かっているけれど、これが偽らざる本音だった。
愛があって、体を繋げた訳じゃない。
誰でもいいのではないけれど、御門でなければ駄目だった訳でも無かった。
どんな理由でもいいから、必要として。望んで、刻みつけて欲しかった。
ここにオレはいるのだと、教えて欲しかった。
それだけでいい。それ以外は、望まない筈だったのに。
そんな獣の衝動じみた欲求は、いつしかもっと、貪欲なものに姿を変えた。
手をつないで、名を呼んで。
触れて、オレだけを瞳に映して。望んで、傍にいる理由を頂戴。
愛して、愛して。――愛させて。
叶いっこない願いを、持ってしまったオレはもう、御門の……暁良の望む存在じゃない。疎まれ切り捨てられる、愚かなガキだ。
「いらないって……暁良に言われたら、オレは」
「凛……」
名雪さんは、痛みを堪えるように顔を歪める。
オレよりも辛そうな顔と声に、泣きたくなった。優しさに触れると、余計に我慢できなくなるのは、何でなんだろう。
オレは唇を噛み締め、涙の衝動をやり過ごす。
今はオレの事よりも、名雪さんの怪我の方を優先しなくちゃ。
肩を貸します。そう申し出ようとしたその時、背後の街灯から伸びる影が、オレにかかる。
「鼠が増えたな」
「っ!?」
聞きなれない美声は、淡々と呟く。
「まぁ、――両方とも潰せば問題はないか」
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