Others
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「ここでいいのか?」
「うん、充分。ありがとうございます」
運転席から見上げてくる慎さんに、オレは笑顔でお礼を言った。
「校門横付けでもいいのに」
「いや、目立ちますんで遠慮します」
ハリウッド俳優のような外見の慎さんだけでも目立つのに、彼の車は超高級車である。外車ではなく、日本が誇る自動車メーカーの作る一級品。燦然と輝くLのエンブレムが眩しい、と言えば分かる人は分かると思う。
地味な男子高校生が、そんなもんで送り迎えされては注目の的になってしまう。
学校まで送ると言ってくれる慎さんには悪いが、一本先の通りで下ろしてもらった。
「帰りも連絡寄越せよ?」
「え、いや。道分かるんで、帰りは」
「いいから。寄越せ」
「……はい」
凄まれたオレは、あっさり白旗をあげた。
怖いというより、惚れた弱みだ。駄々こねて嫌われたくないし。
本当は、迷惑かけるのも嫌なんだけどな。
昨日は泣き喚いて寝落ちして、ベッドまで運ばせちゃったし。
今朝は朝食まで作らせてしまった。
カフェのご飯のような小洒落た料理が出てきて、びっくりしたよ。エッグベネディクトなんてご家庭の朝ごはんで出てくるんだね!?
手作りのオランデーズソースは胡椒がきいていて、超美味しかったし、こんがり焼けたイングリッシュマフィンと半熟のポーチドエッグの相性は抜群だった。
その上、具沢山のミネストローネまで付けられて、朝から贅沢過ぎて泣けてきたよ。
最早これ、オレなんていらないレベルじゃない?
オレが作る素人丸出しな料理よりも、慎さんのご飯の方が数百倍美味しいもん。
でもオレがそう言うと、慎さんは憮然とした面持ちになって、分かってねえ、と言った。
お前が作る『家庭の味』の方が、ずっとずっと価値がある、と。
お洒落なカフェ飯より、おふくろの味ってこと?
首を傾げたオレに、慎さんは少し考えたあと、お前はオレのお袋じゃねえけどなって笑った。そりゃ知ってるよ。アンタの囁き一つで腰砕けになるオレが、母親になんかなれるはずがない。息子に欲情する母親とか嫌過ぎるよ。
「じゃあ、頑張ってこい」
大きな手が伸びてきて、オレの頭をポンと一撫でする。
「はい」
はにかんで応えると、『良い子だ』と低音で囁いて、慎さんは去っていった。
なんで一々ドキドキさせるんだろう、あの人。あの声と笑顔は、R指定かけた方がいいレベルで凶器だと思う。
「杏ちゃん、おはよう! そんでゴメン!」
「へ?」
教室へ入るなり、頭を下げた佐藤を見て、オレは面食らう。
開口一番のセリフがそれって、一体何ごと?
「意味が分かんないんだけど、取り敢えず頭上げろよ。佐藤」
「うん……」
しゅん、と萎れた佐藤を連れて、オレは自分の席へと向かう。
机にバッグを置いて、前の席を指差して、佐藤に座れと促した。本当は佐藤の席じゃないが、良く使わせてもらっている。席の主はギリギリ登校が基本なので、しばらくは大丈夫だろう。
「で? 何がどうした」
改めて向き合うと、佐藤は逡巡した後、口を開いた。
「杏ちゃん、お兄さんと喧嘩した?」
「っ!?」
唐突に爆弾を投げ付けられて、オレは息を呑む。予想もしていなかった言葉に反応出来ず、オレはまともな言葉も返せない。
しかし目を見開いて固まるオレに答えを察したらしい佐藤は、哀しそうに眉を下げた。
「やっぱり。……それってオレが、お兄さんの本を読めとか、余計な口出ししたからだよね」
「……いや、違うけど」
「気を使わなくていいよ」
「使ってない。原因は全然別の話だから」
嫌な汗をかきながら、オレは首を横に振る。
喧嘩はしたけれど、実際に原因は佐藤ではない。オレは相変わらず檀の本を読んでいないし、佐藤の言葉が原因で、檀に突っかかった訳でもない。
それよりも、オレが気になったのは……。
「それより、何でお前、オレと兄貴が喧嘩したこと知ってんの?」
オレと檀が仲違いしたことは、当事者であるオレと檀以外には、慎さんしか知らない。弟である希名さえ知らないというのに。
何故、佐藤が知っているんだろうか。
オレが問うと、佐藤は軽く目を瞠る。
長い睫毛が数度瞬いた。
「え? そりゃ、お兄さんが電話くれたからだけど」
「……檀が?」
思わず、胡乱な声が出た。兄に心配された弟の反応では到底ない。
しかし佐藤は気にせずに、頷く。
「うん。昨日の夜……十時前くらいかなぁ? 杏ちゃんが来てないかって聞かれてさ、オレ驚いちゃったよ。しかも更に聞くと、お兄さんと口論になって、家を飛び出したって言うからさ。オレ、どうしようかと……」
一応、保護者として所在確認でもしたのか?
「心配でオレも探すって言ったんだけど、他にも心当たりがあるからって止められてさ。んで十二時前くらいに、もう一回電話があって、見つかったからって教えてもらえた」
「…………」
見つかるも何も、オレは自宅に帰ってないし、檀に連絡も入れてない。
……もしかして慎さんが檀に連絡したんだろうか。
「本当にオレが原因じゃないの?」
「うん。違う」
「そっか。良かった……いや、良くはないけど」
佐藤は安堵の息を吐き出しかえて、止めた。渋面を浮かべて、首を振る。
「仲直りは」
「してない」
「……まあ色々、杏ちゃんにも言い分はあるんだろうけどさ。あんまり心配かけちゃ、駄目だよ?」
即座に否定したオレを見て、佐藤は苦笑した。
兄貴はオレの心配なんてしていないだろ、と思うが、優しい佐藤にそんな事をいうのは気が引けた。
檀が何を思って、オレを探していたのか。
どうして今更、オレに関わってくるのか。
何もわからない。でも今は、どうしてかと考えるのも煩わしい。
これ以上、一方的に振り回されるのは御免だと、オレは檀の事を頭の隅に追いやった。
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